2026年9月27日 (日)

第176回「海程香川」句会(2026.09.12)

万智のイラスト イッチ君とコスモス.jpg

事前投句参加者の一句

                                                                               
<悼・草間彌生さん>晩夏光水玉ひとつひとつにいのち 野田 信章
退化して角なきわれの焼き栄螺 桂  凜火
母なる海よ八月の汚染水 岡田ミツヒロ
揃へ置く父の履き物秋の声 松岡 早苗
今昔 女湯空に君の名は 田中アパート
敗北感ポケットにあり秋の蝉 木村 寛伸
葛の花時には褒めて荒凡夫 吉田 和恵
朝焼けて風の硬さや剣岳 末澤  等
黒板に行き先を書く今朝の秋 淡路 放生
メルカトル法めく虚勢 更衣 藤川 宏樹
記憶の中をクロスステッチ秋隣 岡田 奈々
一枚の夜が海から剥がれてる 中村 セミ
足裏に夏の終りを言い聞かす 松本 勇二
三時草葬送の刻告げにけり 樽谷 宗寛
父ちゃんを独り乗せ征く稲刈機 出水 義弘
黒鍵に触れカナカナカナと少女よ 大西 健司
残暑なほ猛暑居座る犬の舌 柾木はつ子
葉のそよぎ愉快九月の浮浪(はぐれ)雲 竹本  仰
水牛の櫛に滑るや洗い髪 疋田恵美子
おふくろの刈りたる稲の重さかな 銀   次
にんじんの赤がうれしい今朝の秋 重松 敬子
この地球引き摺るやうに朝の蟲 河田 清峰
秋の夜や童話はまるで哲学書 川本 一葉
秋の章静かに開く法師蝉 漆原 義典
長き夜の人工知能から返事 月野ぽぽな
安堵ってこんな紋様いわし雲 新野 祐子
三日月や泣くためにある風呂の鍵 和緒 玲子
名古屋から乗る女(ひと)雨の九月乗せ 松本美智子
コンセントの奥に闇ありひぐらし 河西 志帆
わが四肢はかすかな器夜の秋 男波 弘志
生まれた場所を探しうろうろ終戦忌 花舎  薫
のらりくらり蝸牛だって暇なんです 十河 宣洋
蘇生するもヌーベルバーグは極暑中 塩野 正春
身の重さ熊野古道の釣瓶落とし 増田 暁子
ねこじゃらし一人を鬼にする遊び 三好つや子
荒れる地球や今日の三日月きれいです 若森 京子
父が吾を爆弾と呵いし北の時計台 伊藤  幸
故なく酔いて蜘蛛の囲払う己が顔 時田 幻椏
忘れたり思い出したり未雲 佐藤 詠子
青葉木菟去りて古城の寂しがり 布戸 道江
ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ 石丸ゆかり
夕焼けや勝つた負けたも又あした 各務 麗至
父母を知らぬ蓑虫風の中 佳   凛
かくれんぼのさいごのひとり月の舟 小西 瞬夏
木の皿と木の匙非戦草の花 菅原 春み
そんなこと忘れましたよ月涼し 矢野二十四
聞き分けのいい子の線香花火かな 高木 水志
ひとはみなことば足らざる蓮の実 亀山祐美子
朝顔の咲き継ぐ家の朝ごはん 榎本 祐子
鉦叩き横臥の母の水飲むを 福井 明子
ナマケモノ次はこの名のオスがいい 滝澤 泰斗
あの夏に箱入り娘は捨てました 遠藤 和代
つぶやきに既読つかない秋の暮 山下 一夫
蛍草トイレを居場所という少女 綾田 節子
そう国家国家おっしゃらず出目金 三枝みずほ
コンビニの灯に羽化せる蝉を手のひらに 田中 怜子
枇杷色のシャツの青年 青田風 植松 まめ
両の手に何にも持たぬ秋涼し 柴田 清子
残照に燃える鶏頭母の恋 藤田 乙女
向日葵を見上げて家族というさすらい 佐孝 石画
青北風よ罪はあるのか良き嘘に 野口思づゑ
雨月の音鳥隠者等の悲の色紙 豊原 清明
月白の夜汽車のやうな亡父だった すずき穂波
秋暑しねんねんころり暦繰る 荒井まり子
水玉の弾けて釣瓶落しかな 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「安堵ってこんな紋様いわし雲」。安堵というやさしくしっとりとした言の葉を、紋様に喩えれば鰯雲と書き納得です。みごとな閃きです。

小西 瞬夏

特選句「水玉の弾けて釣瓶落しかな」。追悼草間彌生さんですね。最近彼女の追悼句をたくさん見ましたが、この句はそれを全面に出さず、さりげなく書かれているのが素敵です。時間がたっても一句として成り立つとも思います。

豊原 清明

特選句「一枚の夜が海から剥がれてる」。これは絵だろうか。こういう有名な絵画があるのか。無知が悔しい。特選句「山肌の赤らむほどの旱かな(出水義弘)」。地球の温暖化は恐ろしい。企業のせい、アメリカのせいと思えているが、山さえ、苦しんで。問題句「唐十郎死してまなうらに底紅(すずき穂波)」。唐十郎は面白かった。句を読んで、亡くなったのかと知った。

伊藤  幸

特選句「敗北感ポケットにあり秋の蝉」。口に出せない負けの悔しさ。拳を握りしめポケットに突っ込む。秋の蝉にその悔しさ哀しさが伝わってくる。特選句「おふくろの刈りたる稲の重さかな」。おふくろのスキルには誰も勝たない。さすがおふくろ!それを評価する息子の優しさ。親子っていいですね。

岡田 奈々

特選句「葉のそよぎ愉快九月の浮浪(はぐれ)雲」。秋になり雲が、葉が涼しい風に揺れて、私もつられて、楽しい気分に。ああ良い気持ち。特選句「のらりくらり蝸牛だって暇なんです」。暇だから、ゆったり暮らせるのですね。私もゆっくり暮らします。「晩夏光水玉ひとつひとつにいのち」。 水玉ひとつひとつに自分の命を懸けて描いていたのです。「退化して角なきわれの焼き栄螺」。角が段々と取れて年を取ってゆくのです。「朝焼けて風の硬さや剣岳」。朝焼けを見ている我を我ながら偉いと思う。「一枚の夜が海から剥がれてる」。夜は海から作られる。「青空に白線を引く 八月(高木水志)」。一線を画して、八月は迎える。「ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ」。疲れを取って捨てられたら嬉しい。「かくれんぼのさいごのひとり月の舟」。やっぱり残って私達を見守ってくれるのはお月様ですね。「聞き分けのいい子の線香花火かな」。線香花火はあれこれ言いたそうですが、結局、すっとおわります。

すずき穂波

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び」。この句の「鬼」は【鬼の研究】で知られる歌人馬場あき子の、かの「鬼」であり「オニ」だろう。歴史風土に根強く絡まりつく民俗学的なソレ。人であるが故の「情のこゑ」に行き着く遊び。ねこじゃらしをクルクル野末に回し、回しながら己の裡の「オニ」に吸い込まれてゆく。裡なる「オニ」の正当化、肯定は人をさらなる高みに押し上げるに違いない。野末から戻った日常に潤いを感じて捻った一句だろう。特選句「そう国家国家おっしゃらず出目金」。何という納め方の句だこと。「出目金」がいい。「国家国家」がいい。「おっしゃらず」が更にいい。選評なんぞ、さらさらせずとも良しだ。俳人たる者の矜持が、こう詠ませた一句、だと思う。

矢野二十四

特選句「名古屋から乗る女雨の九月乗せ」。ひとりの乗客にある旅情と季節の移ろい。特選句「父が吾を爆弾と呵いし北の時計台」。父と子の激しい関係性の中にある郷愁。「揃へ置く父の履き物秋の声」。小津映画のワンシーンのような句。「椅子といふ秋思を素描するノート」。 秋思が椅子という絵になっている。「敗北感ポケットにあり秋の蝉」。きっと握り拳なのだろう。季語も佳し。「朝焼けて風の硬さや剣岳」。綺麗な景に決意あり。「ビスケットラップに包まれ地蔵盆(野口思づゑ)」。子どもが地蔵さんに供えた供物。「生まれた場所を探しうろうろ終戦忌」。よくわかる。私も廃坑で故郷はない。「むかしいた辺り手花火まだ消えず(松本勇二)」。思い出すのは親兄弟・ご近所。「故なく酔いて蜘蛛の囲払う己が顔」。世間も自分も鬱陶しい。

樽谷 宗寛

特選句「葛の花時には褒めて荒凡夫」。9月は亡き兜太先生のお誕生月ですね。荒凡夫は兜太先生と読みました。本当に褒めて欲しいですね。その気持ちがよく現れています。葛の花の色香が荒凡夫さまにぴったりですね。

藤川 宏樹

特選句「そんなこと忘れましたよ月涼し」。竹取物語。たくさんの貴公子の求婚を受けては無理難題を課して切り抜け、月に帰る日を待つかぐや姫。月を望み翁に投げかける語りと思われる。

木村 寛伸

特選句「月白の夜汽車のやうな亡父だった」。「月白」「夜汽車」「亡父」という三つのイメージが連鎖して、亡父の記憶が遠ざかっていく感じが出ています。特に「亡父だった」と過去形で閉じることで、単なる比喩ではなく、追悼性が生まれています。問題句「生まれた場所を探しうろうろ終戦忌」。これは作者独自の世界が非常に濃いです。「終戦忌」に「生まれた場所を探しうろうろ」という個人的な彷徨をぶつけたことで、戦争→故郷→自己の存在へ広がります。

若森 京子

特選句「長き夜の人工知能から返事」。Al時代になって人工知能が人間の知能を超えていく現在,この一句から何か恐ろしい予感がして仕方がない。特選句「そう国家国家おっしゃらず出目金」。世界中から国粋主義の兆しが聞かれる今,又歴史がスリ戻っていく様な不安を感じる。その深刻な問題を、この一句は軽く表現して、季語の出目金がよく効いている。

十河 宣洋

特選句「流木のやうなるふたり秋の浜(小西瞬夏)」。人気の減った秋の浜辺。何となく寂しい風景である。この二人男女と取ってもいいし、単に二人の人影と取ってもいい。なにか語っているようにも見えるし、じっと海を見つめているだけかもしれない。流木の流離のように見えた。特選句「名古屋から乗る女(ひと)雨の九月乗せ」。楽しく読める。雨に濡れていなくても雨を纏っているような雰囲気の女性。少し寂し気な雰囲気を見せる女性である。

各務 麗至

特選句「荒れる地球や今日の三日月きれいです」。現在の天災人災になげくことなく、三日月の美しさに希望を見ての力強さがある。特選句「月白の夜汽車のやうな亡父だった」。月白という夜空<世の中>に強い存在感と、電車でなく夜汽車というノスタルジー的力強さを亡父に重ねて偲んでいる、二句ともネガティブにならずポジティブに生きようとする決意が見えてきて、同じ力強さに共鳴することになった。

河田 清峰

特選句「秋の夜や童話はまるで哲学書」。秋の夜はやっぱり童話を読んで過ごしたい。

福井 明子

特選句「木の皿と木の匙非戦草の花」。木の皿と木の匙、という言葉になつかしさがひろがります。誰もがおさなく無垢な時代を過ごしていたのですね。非戦草の花の言葉が響いてきます。この世から戦争がなくなりますようにとの願いが伝わってきます。

和緒 玲子

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び」。かくれんぼか鬼ごっこか。同居する無邪気さと残酷さ。風に群れる猫じゃらしの配置が寂しくも美しい。

布戸 道江

特選句「安堵つてこんな文様いわし雲」。空を見上げるのが好きです、いわし雲を見ると穏やかで優しい気持ち。「ひとはみなことば足らざる蓮の実」。ことばは足りなくても、言い過ぎてもいけない、蓮の実が効いている。「秋の川ふつうの家のような駅(河西志帆)」。駅も家も人の生活の拠点、自然豊かで穏やかな暮らしがみえる。

榎本 祐子

特選句「むかしいた辺り手花火まだ消えず(松本勇二)」。追憶の中の手花火はついたままとは、うるわしい抒情。

淡路 放生

特選句「わが四肢はかすかな器夜の秋」。―<かすかな器>とは童謡の<小さい秋小さい秋見つけた>と言うあのメロディに近いのではないだろうか。四肢をそのような器として詠むのは孤独な<夜の秋>である。

佐藤 詠子

特選句「記憶の中をクロスステッチ秋隣」。クロスステッチは刺繍の技法の一つで、図案を元に布に糸で「×」の模様をたくさん縫い絵柄になってゆくこと。秋が近づき物思いにふけることも多くなった作者。思い出を行ったり来たりクロスしている。×印で一つ一つ溜息をつきながらも、大きな形になってゆく。新しい季節へ踏み出すために。繊細な美しさを感じる句である。特選句「朝顔の咲き継ぐ家の朝ごはん」。作者の目線がよくわかる。朝ごはんを食べながら外の朝顔を見る。朝の景が二つもある贅沢な俳句。咲き継ぐのは、朝顔が毎朝咲くことだけではなく、家族の繋がりや家系を引き継ぐことにも受け取れる。「ごちそうさま」の元気な声が聞こえてきそう。問題句「両の手に何にも持たぬ秋涼し」。この気分、すごくわかる。実際に物を持たないことだけでなく、社会的に抱えてることもないという自由ともいえる。強いて言うならば「両の手に何にも持たぬ」だけで、充分軽さや涼しさがわかるので、「秋涼し」では説明っぽくなっている感がある。「秋隣」「秋の空」「秋の風」「秋の声」等々、景の立つ季語がいろいろありそうな気もする。

岡田ミツヒロ

特選句「父ちゃんを独り乗せ往く稲刈機」。「父ちゃん」「独り」「征く」の一語一語が現在の農業の実状と生産者の真情をリアルに描出している。特選句「残照に燃える鶏頭母の恋」。母の時代、女性は想う人がいても親の決めた縁組に従った。燃えるような鶏頭の花、それは胸の奥に収った遠き日の記憶の色であり、形でもあろうか。

柾木はつ子

特選句「コンセントの奥に闇ありひぐらし」。昨日、古いコンセントの差込口がついに欠けました。その時この句にある闇を思ったのです。コンセントの奥には深い闇が拡がっていてその闇に妖怪が棲みついているのかもしれない。或いはその闇はSF風な物語が展開する入口かもしれないと、我が家の壊れたコンセントの奥をまじまじと見たのでした。特選句「そんなこと忘れましたよ月涼し」。これまでの人生で喜怒哀楽、どちらかと言うと「怒・哀」の方が忘れられませんね。だから人生に味があるのかもしれませんが・・・忘れられないから、あえて「忘れましたよ」と言ってみたいのかも。それともすべて本当に忘れてしまった人の事なのかしら?

大西 健司

特選句「蛍草トイレを居場所という少女」。「三日月や泣くためにある風呂の鍵」と同様に逃げ場所を求めている。こちらはトイレだ。ただ単に自分の部屋がないからトイレに籠もる、今どきのトイレだからこそだろうが、そんななんでもない会話を蛍草の小径でしているのだろうか、どこか意味ありげに書いて秀逸。問題句「三日月や泣くためにある風呂の鍵」。空にはどこか淋しげな三日月。手には風呂場の鍵。こうしか読めないのだが、いかがだろう。三日月で屋外を思う。そして焦点は鍵にある。離れにでも風呂場があるのだろうかとなる。たとえば上五の季語を変え、「風呂に鍵」とすれば内側から鍵をかけているように読めるのでは。気になる一句だけにもう一手間を。

疋田恵美子

特選句「フードロス洋梨もある子ども食堂(増田暁子)」。洋梨を見た子供達の喜びの笑顔と歓声が聞こえます。特選句「三日月や泣くためにある風呂の鍵」。三日月の美しい佇まいと、孤独や哀しみを抱えながらも気高く生きる姿が見えて共感しました。

漆原 義典

特選句「父ちゃんを独り乗せ往く稲刈機」。中七の、<独り乗せ征く>の征くが趣き深いです。稲刈りは戦場を進む兵士のようですね。素晴らしい句をありがとうございました。

柴田 清子

特選句「朝顔の咲き継ぐ家の朝ごはん」。二世代、三世代一緒の、昭和の頃の、味噌汁の匂ふ朝。懐しく思える家族の姿を、朝顔をもって詠っています。特選句「月白の夜汽車のやうな父だった」。亡き父のたとえようが、ほのぼのと一句にあふれんばかりです。

植松 まめ

特選句「椅子といふ秋思を素描するノート」。こんな素敵な句つくりたいです。特選句「葛の花時には褒めて荒凡夫」。いい夫婦ですね。私も時々連れ合いを褒めないと。

中村 セミ

特選句「秋の夜や童話はまるで哲学書」。誰かが、童話の本を置いていたベンチにすわり、よんでみた。ウサギさんは護岸から飛び込もうとしていました。亀さんが死ぬ前に楽しみましょうと、妖しいバーにつれていき、亀さんは、女になり、ウサギさんは、男になりました。はなしは、ここからです。男は、ビールひと瓶飲んだだけで、恐ろしい男がでてきて、50万請求されたのです。男はそのまま、うさぎにもどりました。女は亀、恐ろしい男は、大亀になりました。店の名前は美人局その隣に、潰れそうな。郵便局がありました。ウサギはとびこもうとしましたが、亀の男女はすでに死んでいました。店に残された手紙に、死んでいく競争も、結局亀がはやかったのです。亀は遅いほど早いを伝えていると僕は思った。

野田 信章

特選句「椅子といふ秋思を素描するノート(三好つや子)」。秋意や秋情、秋思などの句には正述心緒の句も多いが諷詠的な句柄も多い。上句から中句にかけての、修辞の上では反転ともとれる表記によって「椅子」そのものの物象感が優先されている。わが「秋思」の主情を吐露に終わらせないものがある。素秋の大気の中で「素描」されたノートをめくる思いである。諷詠から表現へー私にとって示唆してくれる一句である。

桂  凜火

特選句「俯せに白い眠りへ夏の果て」。白いという色の指定がとても効果的に使われていることで日常なのに非日常を描けていると思う。

男波 弘志

「谷に姥百合飯食い男ばかり殖え」。何故か「三日月がめそめそとゐる米の飯 兜太」この一行詩が真っ先に浮びました。そう泣いてばかりはいられない。そういうことでしょうか。愛憎、美醜、分別できるものなどどこにもありません。人間の皮相な目がこれを得手勝手に分けているだけでしょう。秀作

松岡 早苗

特選句「ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ」。この季節に感じる重だるさが軽妙に詠まれていて、共感を覚えました。ゴミ箱までいくのも面倒で、椅子からゴミを投げ入れる。ついでに夏の疲れもひょいと投げ捨てたい気分。特選句「枇杷色のシャツの青年 青田風」。青々とした稲田に配した「枇杷色」に惹かれました。オレンジの鮮やかさではなく、少し柔らかでくすんだ味わいの「枇杷色」。青田を吹く風の匂いも届き、郷愁を覚えました。中七の後の一字空けから、この「青年」は、遠い昔の作者自身かと想像されました。

末澤  等

特選句「青北風よ罪はあるのか良き嘘に」。世の中には枚挙にいとまが無いぐらい良い嘘があり、そういう嘘は罪が無いと私は思っていますが、皆さんは如何ですか?恐らくこの作者も良い嘘に罪はないと思っていると思われますが、それを澄んだ青空に吹く風に問いかけるように上手く表現されています。→ 今回は剱岳へ! 山頂の清新な風をありがとうございました。

末澤さん剣岳斜面.jpeg 末澤さん剣岳山頂.jpeg 末澤さん剣岳夕焼.jpeg
竹本  仰

特選句「安堵ってこんな紋様いわし雲」:風景がごく身近に感じられる時ってある。その瞬間は、何だろうか?結論を急ぐようだが、それが生きている自分を実感できている時なのではないか。あるいは生かされている実感とも。ひょっとして、そんな風景を見るために生まれて来たのではないか。加藤楸邨先生の「鰯雲人に告ぐべきことならず」と人口に膾炙される代表作も句会では〇点句だったが、某編集者の慧眼が拾い上げたという。風景とぶつかる、その瞬間を大事にしたいと痛感された。特選句「残照に燃える鶏頭母の恋」:肉親の恋って、何か痛いところを突かれた感じがする。小生の知り合いは、姉が失恋自殺をしたと、ある時、ぽつりと言い出した。どう答えていいのか、躊躇っていると、なぜ死んだんだろうな、と、またぽつり。そうか、ずっと繰り返し思っていたことが、つい出てしまったんだと、何も答えずに済んだ。この場合の母は、あの母であって、この母ではなく、一人の人間として認めていることに意味がある。痛いけど、いいよ、とてもいい、という声が聞こえる。特選句「向日葵を見上げて家族というさすらい」:「家族というさすらい」に眼がいった。家族というものが切なく感じられるのは、そんな感覚に襲われる時だなと思う。有名なイタリア映画「ひまわり」もあのウクライナの向日葵畑で夫を探してよぎるシーンがなかったら、何ともつまらない話ではないかと思ったが、あの向日葵群は二次大戦の戦死者へのレクイエムとして植えられたものらしい。そういえば、「向日葵は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し」と寺山修司も詠っていた。そう考えると、向日葵―っ、なんて花だ!としばし嘆息する。

香川の水不足、何とか回避できたでしょうか。島木健作の『生活の探究』も香川がモデルでしたが、田の水の当番ことが詳しく書かれていたように思います。淡路島とて似たようなもので、あちこちに溜め池があり、最近の後継者不足で管理が大変だと聞かされます。ただ大雨の時は決壊が怖く、仮にそうなれば、百軒の集落一つが壊滅するようです。天変地異の今年、町内の防災係の私はマスコミの情報に接するたびに、落ち着いていられないことになります。実は、十月十七日も防災訓練にあたり実施者であり、ああ、福井に行けない、と嘆息。十九日が九州で母の法事、何か埋まってしまいました。まあ、しかし、そこにはそこの出会いもあり、楽しみもあることでしょうから、頑張りましょう。皆さまも、こんな毎日、お気を付けください。それでは、また。

川本 一葉

特選句「わが四肢はかすかな器夜の秋」。意欲作です。性を詠んでいる、と思うのに清潔感があります。かすかな、というところがまた不安定さを醸し出して言うに言われぬ思いを感じます。全く見当違いの感想かもしれませんが、唸ってしまいました。

時田 幻椏

特選句「椅子といふ秋思を素描するノート」。私も同じ事をしてしまいそうな 行動と情緒が良く理解できる句でした。手帳、画帳でなくノートで良いのか、少し気になりましたが。問題句「鬼灯や西荻南初五荘(野﨑憲子)」。私的な記憶としての固有名詞がこちらまで届いて来ない、こちらの理解・感覚にまで届く何かを獲得できれば私的満足を超えられると思うのですが。問題句「雨月の音鳥隠者等の悲の色紙」。同様に句の持つ情緒は感じられるのですが、読み切れず浅学菲才の私には なんとももどかしく、句の読みを御披露頂きたいと思います。「退化して角なきわれの焼き栄螺」「蝉生まる吾も二足歩行ぼちぼち」「秋風や鳩の歩みは宙つつく」「そう遠くないヒト類消える酷暑かな」など、助詞の使用感に違和を覚えました。私の思う助詞が入れば、読みも素直に充分佳句として頂きたい句も在り、と思います。

野口思づゑ

特選句「三日月や泣くためにある風呂の鍵」。何か辛いことがあった夜、風呂場の鍵をかけて家族や同居者にわからぬようそっと泣いている女性の姿が目に浮かんだ。臨場感のある句。問題句「椅子といふ秋思を素描するノート」。 どことなく詩的で魅力は感じるのですが、椅子がノートといわれると、そこに違和感を覚えました。「あの夏に箱入り娘は捨てました」。初めて親に反抗して駆け落ちでもしたのでしょうか。ドラマ性ありです。

塩野 正春

特選句「晩夏光水玉ひとつひとつにいのち」。私が言うのも僭越至極だが俳人山頭火風の自由な句作に惹かれる。そう、(いのち)の怖さ、ありがたさを感じるのは毎晩の事だ。明日になればすべてがわかる! それが毎晩続く事、私の今の思いにぴったりで怖いばかりだ。特選句「安堵ってこんな紋様いわし雲」。毎日異常気象になれてしまって、平穏無事な頃の雲の景色が思い出せない。秋なら秋で普通の鰯雲が見たいものだ。蝉や鈴虫の鳴き声、紅葉もそうだ。早くいつもの景色に戻って欲しい。

花舎  薫

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び」。鬼ごっこと言えば子供たちの無邪気な遊びだが、一人を鬼にする遊びとは残酷な響きである。それは子供のいじめに限らず、大人の世界にもあり、ひいては国と国の間にもありえるだろう。季語の斡旋もよい。道端などどこにでも生えている。

佳   凛

特選句「蛍草トイレを居場所という少女」。誰にも打ち明けられない苦しみを、抱えトイレと言う閉ざされた空間にしか、居場所がない。胸がえぐられるようです。季語の蛍草かが、ことの他切なく、少女のSOSを見守っている作者の優しさが深く心にのこりました。

月野ぽぽな

特選句「朝顔の咲き継ぐ家の朝ごはん」。普通であることが有難いことであることを思い起こさせてくれます。平和の風景が「朝」にみなぎる力とその韻律で描き上げられていて気持ちいいです。

滝澤 泰斗

特選句「朝焼けて風の硬さや剣岳」。映像美が何とも美しくご当地、剣岳の持つ力と風の硬さでいただきました。特選句「名古屋から乗る女(ひと)雨の九月乗せ」。句稿をいただいたのが、名古屋に線状降水帯が発表された日、タイムリーな一句。上五が他の町だったらどうかと言われると、途端に自信が無い。共鳴句「メルカトル法めく虚勢 更衣」。今、話題のメルカトル法、こちらもタイムリーな着眼に「なるほど」と・・・「一枚の夜が海から剥がれてる」。特選にしてもと思った句です。夜が剥がれるとは、上手い!「父ちゃんを独り乗せ征く稲刈機」。昔の稲刈り風景とは随分と違う赴きに、俳句はいつも時代を映している。なのに、江戸時代の松尾芭蕉の句にも共感できる不思議さ、素晴らしさ。「流木のやうなるふたり秋の浜」。遠く、学生時代に流行った。越路吹雪さんの「誰もいない海」まで、帰った。流木の様な二人も歳を重ねました。「この地球引き摺るやうに朝の蟲」。自分もこんな句を詠めたらと思う一句。

増田 暁子

特選句「メルカトル法めく虚勢 更衣」。メルカトル地図の虚勢と衣替え。この組み合わせバッチリです。お見事です。特選句「足裏に夏の終わりを言い聞かす」。猛暑の夏が何とか終わりそうで、フラフラしている身体を支えてくれよ!と足裏に言い聞かす作者。同じく私もその通り。「机にも晩年意識夜の秋(男波弘志)」。長い付き合いの机、やはりお前もか?

松本美智子

特選句「木の皿と木の匙非戦草の花」。子どものままごと遊びを想起させます。世の中の不穏な空気や世界情勢を払しょくさせるような子どもの笑顔に癒されます。将来を担う子供たちの平和が脅かされないよう,願うまでです。「草の花」「木の皿」と戦争のハイテク機械の対比も効いている句だと思います。

出水 義弘

特選句「積乱雲海賊船の大集合(伊藤 幸)」。猛暑の空の大小の積乱雲を海賊船に見立てた ところに、ファンタジーを感じた。確かに、山並みの稜線を越えて、天上高く盛り上がる強大な積乱雲を見ると、恐れを感じる。ユーモアの中にも、いつ猛威をふるうかもしれない自然への根源的な恐れを表現している。特選句「おふくろの刈りたる稲の重さかな」。今のコンバインによる稲刈り作業と異なり、かっては、人力で、腰をかがめて一株一株刈り取る重労働であった。そのような重労働に勤しんだ母親への労わりと感謝の気持ちが良く表現されている。

銀   次

今月の誤読●今月の誤読●「かくれんぼのさいごのひとり月の舟」。子どものころ、近所の子たちとよくかくれんぼをして遊んだ。ある夕暮れ、わたしはオニだった。「もういいかい」。ひとり、またひとりと見つけていったが、最後のひとりだけが見つからなかった。日が暮れきってもだれもその子の名前を口にしなかった。戸惑ったわたしはそのいきさつを母に話した。母は笑って「そんな子、いなかったんでしょ」とさっさと台所に戻った。それから何十年も経った。久しぶりにふるさとへ帰ったわたしは、納戸の奥から古いアルバムを持ち出し、ページをめくっていた。懐かしい。と、なかの一枚の写真に目をとめた。子どもたちがいる。わたしもいる。そして、いちばん端っこに知らない子が立っている。ハッとした。知らないどころか、その子はわたしの弟だった。かくれんぼの日の数ヶ月前に死んだ弟だったのだ。弟が死んだことを受け入れられないわたしは、一緒に遊んでいると思いたかったのだ。だから探したのだ。かくれんぼの最後のひとりとして。「ちょっと散歩してくる」と言い残して、わたしは近くの池まで歩いた。水面に大きく月が映っていた。月明かりの水の上を小さな舟がこちらに近づいてくる。舟には死んだはずの弟があのころのままで乗っていた。弟が言った。「もういいよ」。わたしは舟に乗り込み、舟は月へとのぼっていった。翌朝、池の端にわたしの靴だけ残っていた。

田中 怜子

やはり、人間をも操作する能力のAIに関する句が多くなりましたね。それと、先が見通せない危なっかしい世が漫然と覆っているような句を見ます。そのような中、自分のお墓をどうするか、霊園からのお誘いのメールがくるところ。特選句「海になれ西日の海に散骨す(銀次)」・・・・に私の気持ちを代弁してくれているということで、今回はこの句のみ。

新野 祐子

特選句「ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ」。西日本の残暑は酷のようですね。東北人には想像できないのですが。大変なことはこのように軽やかにやり過ごせればいいんだなと教えられました。では私、「ゴミ箱にこの宿酔をひょいと投げ」ました、今。

荒井まり子

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び」。古今東西世の中は常に的を絞り標的に数を味方に死てきた。怖い、怖い。ありがとうです。

亀山祐美子

特選句『揃へ置く父の履き物秋の声』。履き物を揃えて脱げなくなった父への気遣いがひしひしと伝わり切ない。「秋の声」は父の余命。父を囲む家族の心情、心の声が漏れ聞こえ感情の揺れに共鳴する不安を感じるあるいは既に遺品となってしまった履き物なのだろうか。「秋の夜」の切なさが伝わる。

三枝みずほ

特選句「黒鍵に触れカナカナカナと少女よ」。黒鍵というどこか不穏で深みのある音が少女の揺れる心情を表している。蜩の声が少女の葛藤に呼応しており、境界線の狭間にいるような感覚になった。語順やリズムも考え抜かれた一句。

高木 水志

特選句「黒板に行き先を書く今朝の秋」。自分の行き先を誰かに伝えるために黒板に書く。まだまだ暑いが、気分は秋の清々しさに変わっている。これから始まる何かを想像する。

菅原 春み

特選句「敗戦簡ポケットに在り秋の蟬」。秋の蟬でなおさらしみじみ感、やるせなさが感じられます。特選句「ひとはみなことば足らざる蓮の実」。蓮の実の季語を得て、ことばが飛んで行ってしまいことば足らずになるとは言いえて妙。すばらしい。

吉田 和恵

特選句「身の重さ熊野古道の釣瓶落とし」。熊野古道に刻まれた歴史の重さを沈む夕日にたくすということ。転じて、私達が歩んできた歴史を何百年か経って、後世の人たちがどう評価するのだろうと、ふと思った。

遠藤 和代

特選句「長き夜の人工知能から返事」。眠られぬ夜人口知能と話す現代人の孤独が伝わってきます。

石丸ゆかり

特選句「足裏に夏の終わりを言い聞かす」。誰も見ない足裏にと言う言葉が出てくるのは、面白いと思いました。特選句「そんなこと忘れましたよ月涼し」。言ったけど、忘れてしまいたいことって誰にもあるねと共感できました。」問題句「鬼灯や西荻南初五荘」。漢字が多すぎて意味がわかりませんでした。

初参加の弁・・これからよろしくお願いします。俳句を楽しんでいきたいと思います。→ 「海程香川」へようこそ! こちらこそ、よろしくお願いいたします。

桂  凜火

特選句「俯せに白い眠りへ夏の果て」。白いという色の指定がとても効果的に使われていることで日常なのに非日常を描けていると思う。

河西 志帆

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び(三好つや子)」。こうして書かれると、鬼は可哀想です。たった一人を鬼にして、みんな帰ったりしないよね〜。「紙めくる指の乾きやつくつくし(亀山祐美子)」。歳をとると指が乾くんですね。しみじみと知る歳になりました。「おふくろの刈りたる稲の重さかな(銀次)」。この重さは、その重さとは違うんですよね。まだまだ働ける母さんを抱きしめて下さい。「わが四肢はかすかな器夜の秋(男波弘志)」。下五の着地が見事です。押しても動がないように思います。

三好つや子

特選句「一枚の夜が海から剥がれてる」。「藍」とも「碧」とも「蒼」とも違うミステリアスな夜空なのでしょう。海が一枚めくれて空になったという、詩情豊かな発想に惹かれました。特選句「秋の蛾を隠す曼陀羅雨が降る(和緒玲子)」。ぐずぐずと降る秋の雨に、どこかすっきりとしない心象が見え隠れ。それは曼陀羅図に溶け込むように潜む一匹の蛾であり、作者自身なのかもしれません。「長き夜の人工知能から返事」旅のプランはもちろん服装までアドバイス。カウンセリングもしてくれるAIに、すこし怖さを感じました。「ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ」。あっけらかんとしたコミカルな表現。元気をもらいました。「つぶやきに既読つかない秋の暮」。現代的な秋の淋しさを言い得て妙。

山下 一夫

特選句「安堵ってこんな紋様いわし雲(新野祐子)」。いわし雲を見上げたときの視覚効果を端的に表現。「安堵」「紋様」は硬質の言葉なのに一ヵ所が口語なだけで全体の印象が程よく柔らかくなっています。いわし雲程の柔らかさとも言えましょうか。特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び(三好つや子)」。言われてみると鬼ごっこはいじめの構造一歩手前ですよね。参加者の大半がつるむと本物になってきます。手軽に猫をからかえるエノコログサの斡旋も悲しいほど嵌まっています。問題句「あの夏に箱入り娘は捨てました(遠藤和代)」。一読、幼児虐待を連想してドキリ。しかし、これは主体が自身の箱入り娘性を捨てたことかと納得。いや、これは箱入り娘と交際していた男性が捨てた(怒)などと想いが巡りました。以下、共鳴句「椅子といふ秋思を素描するノート(三好つや子)「一枚の夜が海から剥がれてる(中村セミ)」「足裏に夏の終りを言い聞かす(松本勇二)」「残暑なほ猛暑居座る犬の舌(柾木はつ子)」「流木のやうなるふたり秋の浜(小西瞬夏)」「月欠ける忘れることも大切に(柴田清子)」「蛍草トイレを居場所という少女(綾田節子)

野﨑 憲子

特選句「海ほどの愛だ夏燕バイバイ(三枝みずほ)」。夏燕の飛翔と、燕へ手を振る若者のシルエットが重なり、「海ほどの愛だ」の断言が、かすかに哀愁を帯びながら祝祭のようにまぶしく響く。

自句自解「鬼灯や西荻南初五荘」。先月のある日、散歩の途中でふっと空を見上げると「雲は秋運命という雲も混じるよ(金子兜太)」が浮かんだ。拙句の初五荘は、学寮から出て初めて暮らしたアパートの不思議な名。私の六畳一間は、近くに住む受験浪人の弟も加え、よく友人たちで賑わっていた。試行錯誤の、得体の知れぬ熱量があった。確かに、難解。でも、今に繋がる何かがあった。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

秋の風
秋風に晒され「俺が」の白くなる
岡田 奈々
墓碑の楷書句碑の草書や秋風
和緒 玲子
秋の風高きに鳥のひとつあり
銀   次
胸に手を当てて嘘つく秋の風
三枝みずほ
ケネディの褪せた背表紙秋の風
藤川 宏樹
大窪寺
打留や人となりゆく大西日
三枝みずほ
ほしづくよ蹠(あうら)を打留の石ころ
和緒 玲子
すすきはらへ至るまで石ころ
三枝みずほ
山頭火碑重き夕日を背負いおり
銀   次
打留から始まる道や天の川
野﨑 憲子
欲ばりをまだ棄てきれぬ原爆の火
藤川 宏樹
山頭火露の化身と生りゆくよ
岡田 奈々
露
露草の青に来たれり秋ひとつ
銀   次
朝露や弾じけて広がる新世界
末澤  等
凭れあふ置き傘二本露の宿
和緒 玲子
傷む木とおしゃべりしてる白露かな
三枝みずほ
「比島沖」の墓標川辺の露の玉
藤川 宏樹
産土はカオスの祭り露万朶
野﨑 憲子
釣瓶落し
釣瓶落しラーメン鉢に雷紋
藤川 宏樹
互いの思慕まで釣瓶落しかな
末澤  等
たっぷりと波音たっぷり釣瓶落しかな
野﨑 憲子
釣瓶落しそうかもう絶版のページ
三枝みずほ
色々あつたいろいろ釣瓶落しかな
野﨑 憲子
手すさびの紐編み釣瓶落しかな
和緒 玲子
君
稲びかり君好き過ぎて撃沈
野﨑 憲子
君に塩オクラぐつぐつ茹でるかな
岡田 奈々
君の秋古書店の棚にあり
銀   次
君は君緑黄色的Tシャツ
三枝みずほ
浴衣着て君と十九の大花火
野﨑 憲子
君の名はいまもどこかに真知子巻
藤川 宏樹

【通信欄】&【句会メモ】

九月二十三日は金子兜太先生のご生誕百七年でした。 相次ぐ自然災害は、人類への深い問いかけのように思えてなりません。 世界へ向けて「平和の俳句」をと念じる心は、他界の師のまなざしとともにあると信じています。 今後ともよろしくお願いいたします。

『若森京子句集  藍の晩年 』 晩年は兎あつまる野が住所

『十河宣洋句集  鶏  肋 』 ほっちゃれのまだ産後のままの息

が上梓されました。若森さん、十河さん、おめでとうございました。 詳細はこれから『海原』誌に紹介されると存じます。楽しみにいたしております。

旱の続く香川にも、このところ待望の雨が降り、少し秋らしさが感じられるようになってまいりました。 全国各地では線状降水帯による豪雨や洪水の報道が続き、案じる日々ですが、当地の渇水状態は今なお深刻です。 そのような中、今回も熱く楽しい句会が開催されました。剣岳(富山県)登山から戻られた末澤さんも、元気にご参加でした。

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