2025年10月22日 (水)

第166回「海程香川」句会(2025.10.11)

万智の月.jpg

事前投句参加者の一句

 
青き日の吾はどこここに小さき秋 藤川 宏樹
白亜紀の微かな吐息秋の蝶 大西 健司
老犬を葬る地高し秋桜 福井 明子
煙茸踏んではしゃぐ子雨去る森 津田 将也
人類滅亡後火焔土器 氷柱 島田 章平
敬老日入れ歯にばっちり祝膳 山本 弥生
ほそくほそく雨ふる夜に猪を食ひ 小西 瞬夏
鉛筆に光る「賞」の字いわし雲 松岡 早苗
死などより怖き余生や夕蜩 塩野 正春
萩の花高目にくくるポニーテール 布戸 道江
「生き延びたね」友と握手す秋彼岸 出水 義弘
離愁とはアダンの木陰からの距離 河西 志帆
鵙の贄古墳の埴輪覚醒す 河田 清峰
鶏頭や朱には染まらぬ覚悟あり 石井 はな
風ごとに弄ばるる吾亦紅 佳   凛
ぽろぽろと欠けてく言葉ふる落葉 野口思づゑ
木の実降るスイッチバックの秘境駅 植松 まめ
紙芝居屋の落としし釦すすき原 川本 一葉
分骨の母を装う曼殊沙華 伊藤  幸
あめんぼの水輪いそがし城の堀 三好三香穂
どんぐりや平凡といふ粒揃ひ 岡田ミツヒロ
騙し絵に匿われたる火焚鳥 三好つや子
藤井聡太落ちた木の実に黙礼す 吉田 和恵
額付け合ったままタンゴ無月なり 森本由美子
プロジェクトマッピング オリオン隠し主役顔 遠藤 和代
満席の「国宝」出れば十三夜 新野 祐子
泥酔の一歩手前か酔芙蓉 稲   暁
ポケットに抗不安薬柳散る 向井 桐華
秋深し天使うつむくクレーの絵 大浦ともこ
瞳の奥の野に鵙夕日に魅せられて 竹本  仰
シャインマスカット恋をしてみませんか 柴田 清子
梨を食む部屋にさざなみ立てながら 和緒 玲子
秋星の触れ合う音や調律す 三枝みずほ
曼珠沙華少し遅れてみな他人 山下 一夫
天井の壁の真白やひやひやす 亀山祐美子
不揃いの家族いつしか虫時雨 綾田 節子
揺れるたび少女に戻る秋桜 藤田 乙女
母はもう陽だまりだから菊の花 河野 志保
ついて来る紙飛行機という秋思 男波 弘志
尋ね聞く家出の理由無月の夜 松本美智子
敏感な生き様四十雀近し 松本 勇二
朝茶事に届くいちりん酔芙蓉 樽谷 宗寛
擦れ違ひふれあふわたし紅葉かな 各務 麗至
真珠のバレッタ姿見の中の秋めかし 岡田 奈々
鍋底の逃げ場失う白豆腐 中村 セミ
こすもすや風の渋みも知っている 高木 水志
椿の実てらり遺影が笑ったぞ 野田 信章
蓮根うすく切る軽い返事する   桂  凜火
髪梳けば萩のこぼれる蒼白紀行 若森 京子
神激怒バベルの塔やカナンの地 滝澤 泰斗
天高し泰然たりし兜太の碑 疋田恵美子
悔という光もありて鰯雲 佐孝 石画
秋風や甲骨金文書の心 漆原 義典
古希過ぐや釣瓶落しが加速する 柾木はつ子
鰯雲ふらっと父が姿消す 十河 宣洋
両翼に稲田広げし吉野川 末澤  等
鳳仙花弾けるまでの風の色 榎本 祐子
青春と云ふ西日の当たる四畳半 銀   次
兄が逝く 遮るものなし秋天は 田中 怜子
河童忌や値札重ねて貼られあり 菅原 春み
それぞれの痛み抱えて雨の秋 薫   香
戦火なき地球を祈りかぼちゃ煮る 重松 敬子
ご同輩貧乏かずらといでしかな 荒井まり子
月明かり白き睫毛の犬眠る 花舎  薫
人間はもの思う箱小鳥来る 月野ぽぽな
草雲雀地に落ちもせず鳴き果てん 時田 幻椏
それまでに しとけと鳴くは 鳩時計  田中アパート
さねかずら男の見栄のめんどうくさ 増田 暁子
影ひとつ元気でゐるか月今宵 野﨑 憲子

句会の窓

末澤さん10月.jpg
小西 瞬夏

特選句「道草の花野に濡れて犀の腹(和緒玲子)」。犀の腹のすこし湿った質感、手触りが妙にリアルでありながら、道草をする犀という童話的な世界。虚と実の良いバランス。

十河 宣洋

特選句「離愁とはアダンの木陰からの距離」。別れである。寂しい別れ。恋人との別れのようである。アダンの木の実のような形の整わないような不思議な別れ。心はまだ整理できないような状況。特選句「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。団栗の背比べなどと何かの引き合いに出される団栗である。平凡な集りということのようである。だが集まった顔ぶれを見ると団栗どころかエリート集団である。これが平凡なら我々の世界はなんなの?といったところ。

榎本 祐子

特選句「髪梳けば萩のこぼれる蒼白紀行」。髪を梳きつつ己の羈旅をみつめる眼差しが美しい。

松本 勇二

特選句「蓮根うすく切る軽い返事する」。蓮根を用心しながら薄く切っていて、誰かの問いかけに軽い返答をしたようです。日常の中から詩を掬い上げる手法と繊細な対句表現が光ります。

岡田 奈々

特選句「人類滅亡後火焔土器 氷柱」。これから地球が温暖化するのか、氷河期に入るのか分かりませんが、また、縄文時代に戻って、うらうら暮らそうか。特選句「鍋底の逃げ場失う白豆腐」。残りの野菜や、肉、魚は網でも掬えますが、豆腐だけはのらりくらりと逃げて、箸にも棒にもかからない。まるで、誰かのようですね。私かもです。「青き日の吾はどこここに小さき秋」。若い頃は心残りになる思い出が色々ある。それが若いということか?「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。どんぐりの背比べ宜しく、平凡といふことの有り難さ。「鰯二尾夕餉の膳の主役かな」。白いご飯と鰯とお味噌汁あれば、満足です。「心臓のまはりに十月の微風」。胸キュンの なにか?心臓が年で救心が必要?誰かとの間に隙間風?とか。「こすもすや風の渋みも知っている」。こすもすも色々苦労なさっているんですね。「髪梳けば萩のこぼれる蒼白紀行」。年取れば段々髪も薄くなって毀れ萩の様に抜けてゆく。まさしくムンクの叫びです。「古希過ぐや釣瓶落としが加速する」。年取ると日暮れの速さが、身に沁みます。「見開きを伏せて聞き入る夜長かな(亀山祐美子)」。読書の秋もこの歳になると眼もお疲れさま。本を伏せて、しみじみ秋を感じるのも有りですね。

月野ぽぽな

特選句「悔という光もありて鰯雲」。人の心の働きに光を当てているところ、それもネガティブと捉えがちな悔い、という感情に光を当てているところ、その悔いを光と捉えているところに、悔いに真摯に向かい合ったからこそ得られるであろう諦念と達観の境地を見ました。鰯雲の広がりも味わい深いです。

各務 麗至

特選句「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。今裏山から、団地の広場へとはみ出した木々から、枯葉や木の実が限りなく降り散っています。「どんぐり、どんぐり」と、孫が嬉しそうに拾ったり蹴ったりしていた姿も浮かんできます。真新しいどんぐりは粒揃いで、粒揃いという言葉は、どんぐりの背比べもありますが最高の褒め言葉でもあって、それを当たり前やそうあるべき平凡と表現して、人間や人生を、それぞれの生き様をそれぞれ肯定している作者のやさしさも見えてきます。特選句「天高し泰然たりし兜太の碑」。何とも私も一句にしたいような「天高し泰然たりし」が、思いがけず身近に招いていただいた時の兜太先生その人その大きさを感じて、句碑だけでなく、声も姿も私には見えてくるような思いがしました。T音とS音が作用しているのでしょうか、心に胸に響いて忘れられない句になりそうです。

三枝みずほ

特選句「ついて来る紙飛行機という秋思」。風に吹かれて伸び伸びと飛び風とともに落ちる紙飛行機は秋思のよう。感情の高揚があるから、より一層淋しさや虚しさを感じる。秋思がかたちを得た一句。特選句「蓮根うすく切る軽い返事する」。何気ない日常のやり取りの中に心の軽さ明るさがあるのは蓮根だからだろう。助詞がなく動詞で書ききる力技がリズムを生んだ。

桂  凜火

特選句「秋星の触れ合う音や調律す」。調律の様子が伝わります。星の触れ合う音とは、メルヘンな仕立てに成功していると思いました。

樽谷 宗寛

特選句「軍人手帳がお守り老いの昼寝かな(竹本 仰)」。お国のために尽力なさつてくださり今の平和の時代があります。軍人手帳が御守りの句柄にひかれました。

和緒 玲子

特選句「敏感な生き様四十雀近し」。四十雀は環境の変化に敏感な鳥らしい。そして言語を持ち文法を操り、仲間とのコミュケーションを豊かにしている事は最近では知られた話である。その様な生き様は人間にも当てはまるのではないか。鳥を愛する人なら尚更のこと。鳥を愛でる視線は周りの人にも向けられ、あくまでも純粋で何処までも優しい。かわかっこいいのだ。物理的心理的な「近し」と読ませていただいた。

津田 将也

特選句「離愁とはアダンの木陰からの距離」。離愁とは、別れのきわに感じる悲しみや寂しさを指す言葉です。別れの悲しみ、別離の寂しさ、と同義です。男と女の悲しい別れが、アダンの木陰のそれぞれの距離の位置からはじまるなんて、なんて心憎い演出なんでしょう。私は、句を一読し、一九七三年に公開されたフランス・イタリア合作の「離愁」という映画を想い起こしていました。第二次世界大戦中のフランスを舞台に、ナチスの手から逃れようとする妻子あるフランス人中年男と、ドイツ生まれの若いユダヤ人女の、束の間の絶望的愛と別れを描いたものでした。

伊藤  幸

特選句「祈りとは林檎の芯に蜜満つる(月のぽぽな)」。祈りとリンゴの思いがけない絶妙な取り合せに脱帽です。特選句「兄が逝く 遮るものなし秋天は」。兄弟の繋がりはたとえ親子でも連れ合いであろうと 入り込む隙が無いほど強い糸で結ばれている。その兄の逝く時の悲しさは計り知れない。

柴田 清子

特選句「兄が逝く 遮るものなし秋天は」。雲一つない真青な秋天の日、逝く兄への惜別が、ひしひしと心に迫って来る。

山本 弥生

特選句「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。令和の世に生きる高齢者には、平凡とは縁遠い毎日である。自然の世界のどんぐりの粒の揃っているのを見ると平和で平凡な落付きを感じてほっとする。

藤川 宏樹

特選句「蓮根うすく切る軽い返事する」。重厚長大の昭和から軽薄短小の現代へ。価値観は変わっても変わらない日常が軽妙に描かれています。俳句ならではの描写に感じ入ります。いい味出ています。

三好三香穂

「初恋など語る酒なり十月来」。10月1日は日本酒の日であります。酒飲みのイベントが毎年開かれます。20年以上前のことですが、利き酒で優勝したことがあり、ここのところ毎年参加させてもらっている。年一度この日にしか会わない仲間もいて、なかなか楽しい。「それぞれの痛み抱えて雨の秋」。後期高齢者に何時の間にかなってしまった。関節も痛いが、心のどこかも痛いのであります。

森本由美子

特選句「秋日ふと芳ばしく掠める記憶(山下一夫)」。目眩く記憶が一瞬見えたのに触れることは出来ない。でも構わない心を優しく締め付け、束の間の豊潤なひと時に誘い込んでくれる。

若森 京子

特選句「離愁とはアダンの木陰からの距離」。アダンの木は沖縄、台湾の海岸に自生するが一句の中にて音感もよく、離愁の気持を盛り上げ一句を詩としても昇華させている。特選句「蓮根うすく切る軽い返事する」。日常の断片だが、蓮根をうすく料理をしているとき、内容を余り確認もせず軽く返事のみ返す。よくある行為だが、蓮根が妙に味を出している。

男波 弘志

「よちよちと男の料理秋の空」。自分もそうして料理をしております。下手ですがはっきりわかったことは売っているお惣菜より美味しいものが作れます。材料が新鮮ですし、旬のものを選べますから。秀作。「人間はもの思う箱小鳥来る」。キャラメルの函でしょうか、自分は小さいマッチ箱くらいでしょう。もうないでしょうけど。秀作。

田中 怜子

特選句「離愁とはアダンの木陰からの距離」。この句を詠んで田中一村の絵が浮かびました。どんな思いで奄美に行き、奄美紬の工場で働きながら、金がたまると絵画に打ち込む。目を細めてアダンや海を描く、その先にある本土や中央画壇を見ていたのだろうか、そんな思いをしました。特選句「青春と云ふ西日の当たる四畳半」。あの流行った歌が流れてきました。貧乏でも苦にならない青春、甘酸っぱい思いの歌でしたね。恋もしたでしょう。

植松 まめ

特選句「白亜紀の微かな吐息秋の蝶」。白亜紀の微かな吐息。白亜紀という言葉に惹かれた。真っ白の世界に小さな秋の黃蝶が漂っているのだろうか?美しい繊細な句だ。特選句「鉛筆に光る賞の字いわし雲」。子供時代の運動会を思い出した。あのころ徒競走の速い子はノートを賞に貰った…足の遅い私は鉛筆を貰った。本当は運動会嫌いでした。

花舎  薫

特選句「天井の壁の真白やひやひやす」。天井を見つめている。病床なのか時間を持て余して横になっているのか、どちらにしても天井の白さが冷たく、独りの寂しさが伝わる。ひやひやすがよい。孤独感の中に軽い自虐も感じられる。天井といっているので壁と言わなくてもいいと思うが。

柾木はつ子

特選句「青春と云ふ西日の当たる四畳半」。《青春の光と影》とはよく言われる言葉ですが、掲句はその影の部分を表現されていると思われます。鬱屈した思いが「西日の当たる」で象徴的に描かれていると思いました。特選句「河童忌や値札重ねて貼られあり」初め連想したのはタイムセールの惣菜売り場でした。この季語との距離感がとても大きくて面白いなあと思いましたが、よく考えると、彼の著作の古書に貼られた値札のことかも知れません。

野田 信章

特選句「額付け合ったままタンゴ無月なり」。二句一章の簡潔さー「無月なり」の言い切り方に句の若さがあり。即興かとおもえる二人のタンゴの景が展く。アップされた映像を通して漂う憂愁の気はタンゴそのものであろう。これを機に人の世の苦悩もとり込んだ情熱の旋律の舞踏の世界に関心を深めたいと思っています。

河西 志帆

特選句「人間はもの思う箱小鳥来る」。凄いなあ〜私たちは「箱」だったんだって、そう思ったら、そんな気がして来ました。楽になる〜。「死などより怖き余生や夕蜩」。歳をするごとに、この心境がわかるわ〜になってきましたよ。「曼珠沙華少し遅れてみな他人」。この花にしみじみしてくるお年頃です。さっぱりした物言いがいいわ〜。「秋蛍あっちもこっちもないどこか」。理屈抜きに好きです。この通りですもの。ひらがながいい。「蓮根うすく切る軽い返事する」。この素っ気ないところがいいんです。忙しいし。「曼珠沙華形を変えて夜が来る」。夜は必ず来るけれど、形を変えてくるなら、来てほしい。

島田 章平

特選句「さねかずら男の見栄のめんどうくさ」。男の見栄なんて、結構つまらない事が多いですね!

塩野 正春

特選句「藤井聡太落ちた木の実に黙礼す」。名人といえども勝負に負けることある。日本大和の武士道、柔道、剣道、その他負けてこそ人は成長する。落ちた木の実に黙礼とはなんと美しいマナーそして表現であろう。まだ日本は間に合う。大和魂をこれからも引き継ぐ人うれし。特選句「神激怒バベルの塔やカナンの地」。カナンの地、地中海を取り巻く国々の争いは旧約聖書以降も絶えない。何せ神がそう仕向けたのだから。バベルの塔を建てた人間に怒り狂った、人の言葉がお互い通じないようにし、紛争を絶えなくした。ITの時代は何とか神の怒りを鎮める事が可能になるかもしれない、言葉が通じれば。

布戸 道江

特選句「秋星の触れ合う音や調律す」。調律の繊細な感覚を星が触れる音にたとえて新鮮な詩。「鰯雲追いかけるのをやめました」。いつも何かを追いかけてる自分、ドッキリです。「ふいに来てフロントガラスの赤とんぼ」。自然豊かな所をドライブ、気持ちの良い句。「ついて来る紙飛行機という秋思」。紙飛行機のような漠然とした空気、自分にもあります。「月明かり白き睫毛の犬眠る」。一日を終えて月明かりに寛いでいる、ゆったりした気分。

初参加の弁「初めて憧れの海程香川の句会に参加できて嬉しく思います。余裕はないのですが、俳句を楽しみたいと思います。

河野 志保

特選句「ついて来る紙飛行機という秋思」。紙飛行機は気まぐれ。あっけなく落ちてみたり、ふいに遠くまで飛んでみたり。秋の物思いもそんなふう。気持ちの揺れに「ついて来」られる作者。少し持て余し気味な日々を表現したのだろうか。

疋田恵美子

特選句「死などより怖き余生や夕蜩」。老境に入り、人生の終末期に抱える不安、反面精神的な緊張感をも感じました。特選句「髪梳けば萩のこぼれる蒼白紀行」。髪をすくという日常的な行為から、精神的寂しさを思いました。

銀   次

今月の誤読●「老犬を葬る地高し秋桜」。飼い犬のジロが死んだ。長年連れ添ってきた友人のような犬だ。老衰だからしかたがない。大往生というべきだ。なにも悲しむことはない。そう自分にいいきかせつつ、裏の畑に穴を掘って埋めた。そのとき、こんもりと盛り上がった土の上にコスモスの花びらがひとひら、どこからともなく、まるで置かれるように舞い降りてきた。わたしはなにげに嬉しくなって空を見上げた。秋晴れの美しい空だった。翌年のことだ。同じ季節になると、ジロの墓のまわりにコスモスが群れ生え、花々が咲き乱れ、ちょっとした花壇のようになった。別にだれがタネをまいたわけでもない。不思議なこともあるものだと思いつつ、そこだけ耕さずに畑仕事をした。そしてコスモスはやがて枯れ、なにごともなかったかのように土となった。さらにその翌年のこと、同じようにコスモスは咲いたが、その面積はグンと広がり畑の半分を占めるまでになった。さすがにわたしは不審に思ったが、だれかれの仕業とも思えず、それになんだか問わないほうがいいような気もして、そのままやりすごした。そしてまた翌年。こんどは畑一枚がコスモスの群生におおわれた。コスモスは風に揺れた。あっとわたしは声をあげた。その揺れるコスモスのなかにジロの走る姿を見たからだ。そうなのだ。このコスモス畑はジロがよみがえるために用意されたものなのだ。ならば畑一枚がなんで惜しかろう。以来、コスモス畑はそれ以上は広がらず、季節季節には花をつけ、風にさわさわと揺れるのだった。そしてそのなかをジロが走る。ジロが遊ぶ。

豊原 清明

特選句「道草の花野に濡れて犀の腹(和緒玲子)」。大量の選句原稿の中から、この句に感じるものがありました。問題句「草雲雀地に落ちもせず鳴き果てん」。いい俳句です。観察が浅いのか深いのか、解らないが、さりげなく見たまま書いてて良い。特選句「煙茸踏んではしゃぐ子雨去る森」。煙草吸う場所が減っているので、あれと珍しく感じた。吸い終わった煙草を踏んで、小説の始まりみたい。

岡田ミツヒロ

特選句「「生き延びたね」友と握手す秋彼岸」。折に触れて届く友の訃報、昨今の一年一年はまさに「生き延びた」というのが実感。苦笑い少し、友と握手する。特選句「秋星の触れ合う音や調律す」。光年の距離の星々が寄り合い触れて奏でる音色、調律という日常を天界へ飛翔させ幻想的な音感世界へ昇華した。秋星ならではの情感。

松岡 早苗

特選句「梨を食む部屋にさざなみ立てながら」。梨を食べる時のシャリシャリという音を、無音の部屋に立つ「さざなみ」と感じたのでしょうか。作者の鋭敏な感性に脱帽です。特選句「よちよちと男の料理秋の空」。「よちよちと」という形容に惹かれました。慣れない料理を作らざるを得ない重たい事情があったのかもしれません。でも、「よちよち」には希望や未来が感じられます。そのうちきっと料理が楽しく上手になるに違いありません。

中村 セミ

特選句「ポケットに抗不安薬柳散る」。不安が襲ってくるのは、いつ頃だったのか、わすれたが、或るホテルに泊ったとき、眠っていると、ゴシゴシと何か引きづる音が部屋の前で止まった時、扉がこわされ、長い髪の女がたっていた。僕は、「な、何ですか」というも、長い髪がふわっと、こちらに飛ぶように、そして、首にまきついてきた。ぎゅーぎゅーしめられて、気をうしない、目が覚めたとき、ホテルの庭の柳の林立するなかにいた。目の前のホテルの名前は、 不安 ポケットの抗不安薬を飲み忘れている。ポケットの抗不安薬柳散る 柳がまるで散らばる様に風に吹かれていた。

荒井まり子

特選句「野猿群れ秋の真夏をおびやかす(松本勇二)」。中7に納得、日本は昔四季があったが今後はどうなっていくのか、未来に希望があるのか心もとない。あー。

福井 明子

特選句「秋深し天使うつむくクレーの絵」。クレーの絵に込められた思いは、言葉では表しきれぬものがあると思います。そこを、それぞれの人に投げかけられた一句と思いました。秋深し、この言葉にふっと立ち止まる静かな時間が漂っていると思います。

石井 はな

特選句「十六夜やAIしばし口ごもる(若森京子)」。今やAIが何でもこなし、人間にとって代わる勢いです。そのAIが十六夜の月の美しさに圧倒されて言葉を失っている。そんなAIへの共感と畏怖を感じさせます。

末澤  等

特選句「秋星の触れ合う音や調律す」。星が触れ合うはずも無く、ましてその音を調律するなんて、技術屋の私としては認めることができ難い一句ですが、そこはかと無くロマンがあって、大変魅力的でしたので、とらせていただきました。

竹本  仰

特選句「不揃いの家族いつしか虫時雨」:色んな方角へ向くのは、枠を小さくしないということだろう。どこまでが境なのか、そもそも家族とは何なのか。小津安二郎の『東京物語』を思い出すと、死んだ母の形見分けの時、バラバラになりつつある家族の喧噪のシーンがある。本当は美しくない家族、でも家族という実態が浮き彫りで、かえってあれが作品のテーマを深めている。頼りないけど、頼るしかない家族。虫時雨かな、たしかに。特選句「揺れるたび少女に戻る秋桜」:時間は直線ではなくらせん形か。何度も同じ地点に戻りながら、進もうとしている。一昔前、書道の塾に通っていた頃、短冊に書く句をひねっていたYさんという八十代の女性がしきりに呟くのが聞こえた。腹ぺこで、お下げ、というのが終戦の日の自分だったということらしい。だがもどかしくなかなか完成にたどり着けない。その辺の空気感には七十年前の彼女と必死で対話する様子がうかがえ、少女の私を裏切らず書きたいという思いだったようだ。裏切らず少女は戻って来る。と思わせてくれた句だ。特選句「椿の実てらり遺影が笑ったぞ」:昔話の中にふいに飛び出したつやつやとした一コマ。モノクロの映画や写真には艶がある。その艶はもちろん濃淡によるものだが、読もうとするといくらでも背景の、さらにその背景をも読ませようとさせる何かがある。中也の「一つのメルヘン」がそうだ。「秋の夜は、はるかの彼方に、小石ばかりの、河原があって、それに陽はさらさらとさらさらと射しているのでありました。…」回想するのではなく、回想させられるように出来ている。遺影はいつでも語りかけてくる、心にそれに合うスペースがあれば。一瞬の中に永遠があるように。♡暑い秋が続きます。夏が暑すぎたので、夕刻の散歩をしなくなり、久々に別件で歩き回る機会が出来たところもう稲刈りのシーズン。長い不在をわびる気持ちで一礼し、その後で腰が痛いことに気づきました。知り合いの接骨院で診てもらうと、骨盤が左にずれているとのこと。身体は日常を裏切りませんね。マッサージしていただいた夜はよく眠れました。めざめにはふと秋晴れのような軽い感じがあり、久々の空を見たような。散歩、復活しようと決めました。みなさん、お元気ですか。

亀山祐美子

特選句「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。「平凡といふ粒揃ひ」に参りました。しかもそれが「どんぐり」だと云う。実際に見渡した、集めたどんぐりのあり様の感想だが自然社会において「平凡」なんぞ有りはしない。自然育成の過程環境において単一であるわけが無い。その差異をくるっと丸めて「平凡」といい切り「粒揃ひ」だと評価する作者の視線の優しさ、柔らかさを感じた。それは人間に対する視線でもある。特選句「仲秋や神輿来るごと木々の揺れ(三枝みずほ)」。豊穣の実りの喜びと感謝の祭が各地で執り行われる。その最中大きな風で揺れる木々をあたかも天上からも祝いの使者神輿が遣わされたかに感じた作者の感性に共感する。

大西 健司

特選句「人間はもの思う箱小鳥来る」。所詮人間は四角い箱、そんな自虐の声が聞こえてきそう。

増田 暁子

特選句「揺れるたび少女に戻る秋桜」。少女に戻るが秋桜とぴったりです。句全体の爽やかさが素敵です。

三好つや子

特選句「秋蛍あっちもこっちもないどこか(花舎 薫)」。秋蛍のはかなげな存在そのものが、此岸でも彼岸でもない世界を漂っているのかもしれません。中七下五のあっさりとした表現にもかかわらず、哲学的で心を鷲掴みにされました。特選句「曼殊沙華形を変えて夜が来る(河野志保)」。曼殊沙華の咲く辺りの、人気(ひとけ)のない夜。曼殊沙華が昼とは違う姿で、歩きだしたり喋ったり。昼とは違うホラーな光景を空想しながら鑑賞。「人間はもの思う箱小鳥来る」。秋思というものを個性的な言い回しで捉え、私的には特選句ですが、箱という措辞に引っかかってしまいました。小鳥来るの着地は素敵だと思います。「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。日々、普通にちゃんと生きている人へのエール。この句のまなざしに深い愛を感じました。

河田 清峰

特選句「戦火なき地球を祈りかぼちゃ煮る」。かぼちゃを煮るのは難しく眼を離すと崩れてしまう。祈りしかないのだろうか?

野口思づゑ

今回は特選句はありません。「尋ね聞く家出の理由無月の夜」。理由、聞きたくなります。無月の夜が句に広がりを見せている。「銀山の痩せし町並み鰯雲」。銀が枯渇したため寂れてしまった町を上5、中7で巧みに表現し、季語の鰯雲でスッキリまとめ上げている。「蓮根うすく切る軽い返事する」。切っている最中に声をかけられ、とりあえずした返事。軽い返事になるのは当然で、薄切りの蓮根とピッタリ。「古希過ぐや釣瓶落としが加速する」。加速に釣瓶落としを持ってきたところが巧み。「秋の昼鰹節屋のなんとなく」。私は鰹節屋、があるのか、どういう店なのか知らないのですが、下5の「なんとなく」で鰹節屋の主人の顔まで浮かんでしまった。

吉田 和恵

特選句「兄が逝く 遮るものなし秋天は」。亡くなられたお兄さんが吸い込まれていくような青空、言いようのない淋しさを感じさせます。

遠藤 和代

特選句「鰯雲ふらっと父が姿消す」。さらりと読んでいるけれど、いろんなことが想像され面白い。

滝澤 泰斗

特選句「白亜紀の微かな吐息秋の蝶」。白亜紀に蝶が存在していたかどうかは分からないが、白亜紀などという途方もない過去の時代まで思いを飛ばせたことに単純に驚いている。まさに俳諧自由、ポエムなりだ。特選句「梨を食む部屋にさざなみ立てながら」。何人もいる部屋でみんな梨を食む、さざなみとは、言い得て妙。「毒蝶酔いしビール瓶の底にいる」。こちらの蝶はビール瓶の底にいるという・・・しかも毒を持って、蝶の句ニ態。俳諧の凄まじき想像力に感心しきりではある。「ほそくほそく雨ふる夜に猪を食ひ」。ほそい雨の夜に猪を食う・・・それだけの事だが、何故か魅かれた。猟師の何気ない日常句だろうが、その一日が想像されて心に残った。「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。なるほどなと・・・妙に納得の一句。

新野 祐子

特選句「鮭の頭を夢の国へと打つ男(十河宣洋)」。かつて数回渓流を遡り岩魚釣りをしました。岩魚を釣ると彼らの頭を叩かなくてはなりません。それが辛くて釣るのも食べるのもやめました。そんなことを思い出しつつ、この句を読みました。「夢の国へと」が脳裡を離れません。

綾田 節子

特選句「髪梳けば萩のこぼれる蒼白紀行」 。上五中七に参りました。勉強不足で蒼白紀行は読んでおりません。そのような訳で、作者には 失礼かと存じますが、特選にさせて頂きました。

高木 水志

特選句「不揃いの家族いつしか虫時雨」。好みも性格もみんな違う家族が虫の音に聞き入っている。様々な種類の虫の音が重なり合って、しみじみと愛おしい素敵なハーモニーが生まれる虫時雨のように、何だかんだで仲の良い家族を思い浮かべた。

菅原 春み

特選句「白亜紀の微かな吐息秋の蝶」。恐竜もいたような時代までさかのぼり、繊細な秋蝶と吐息との取り合わせが絶妙です。特選句「鵙の贄古墳の埴輪覚醒す」。季語の鵙のはやにえが画期的なつかいかたかと。にえが多い雄ほどさえずり速度がはやいとか。埴輪は覚醒せざるをえない?

漆原 義典

特選句「敬老日入れ歯にばっちり祝膳」。敬老の日の、暖かい雰囲気が、よく感じられます。心温まる素晴らしい句をありがとうございます。

向井 桐華

特選句「月明かり白き睫毛の犬眠る」。義母がとても可愛がっていた犬のことを思いました。優しい情感の伝わってくる一句です。

重松 敬子

特選句「ついて来る紙飛行機という秋思」。私は秋思も、春愁も体験なしのシンプルな性格だが、このとらえ方がおもしろい。同じ作者の春愁の句もみてみたい気持ちである。

時田 幻椏

特選句「漂泊える魂に木犀深入りす(吉田和恵)」。木犀を踏音開言花・フミオエコトバナと言うそうである。木犀の芳香は、正に魂に深く入り込んでくると共感した。「漂泊える」は「ただよえる」と読んで宜しいのだろうか?ルビが欲しいと思った。「漂える」「漂白の」と言う表記では、不充分と句作者は思ったに違いないのだが・・。問題句「曼珠沙華少し遅れてみな他人」。句意を掴み切れず。「曼珠沙華少し遅れてみな知人」。と対意語に変えても句力と句意にあまり変化を感じず・・。「上弦の鬼とや柘榴の冥く裂け(大西健司)」。句感から秀句と思いながらも「上弦の鬼」が解らず、調べると漫画・アニメの「鬼滅の刃」に登場する言葉と知る。「毒蝶酔いしビール瓶の底にいる(中村セミ)」の毒蝶も「鬼滅の刃」に関係するそうで、流行に疎い私には、良し悪しの前に問題句でした。

大浦ともこ

特選句「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。どんぐりは粒ぞろいだが人はそれぞれに歪で平凡であることはとてもむつかしいこと・・そんな感慨を持ちました。特選句「梨を食む部屋にさざなみ立てながら」。静かな部屋に梨を食べるサリサリという音だけが響いていて孤独を感じます。『さざなみ立てながら』も心の揺らぎのようでしっくりきます。

薫   香

特選句「こすもすや風の渋みも知っている」。爽やかだけじゃないのよ、そうだよねって感じかなあ。

出水 義弘

特選句「鉛筆に光る「賞」の字いわし雲」。昔、秋の運動会の徒競走か何かでもらった賞品の鉛筆を手にして、それに印されている金文字に重ねて自分の活躍を誇らしく思い出している様子が浮かびました。特選句「母はもう陽だまりだから菊の花」。母はもうこの世にいないが、家族ひとりひとりの心の中では、一緒に集まる暖かい場、陽だまりとして生き続ける存在である。仏壇には菊の花が供えられている。母への追慕の心が家族で共有されている様子がよく分かります。幸せの典型だと思います。

松本美智子

特選句「曼珠沙華形を変えて夜が来る(河野志保)」。曼珠沙華の咲きほこる原風景を思い出させてくれる句でした。昼間の赤々とした幻想的な風景を一気に夜の幽玄で妖しい風景に変化させて、益々色鮮やかに輝くように思えました。

佐孝 石画

特選句「曼珠沙華少し遅れてみな他人」。「少し遅れて」。これも違和感の一つなのだろう。無感覚のまま日常に流されている際、ふと「我に返る」瞬間。我に返るとは、いったい自分とは何者なのだろうという、存在への不安、自問。長く寄り添う伴侶も元は他人、血縁者も自分とは違う他人に他ならない。群生する「曼殊沙華」を目にし、通り過ぎた後、「少し遅れて」、「みな他人」という感慨が呼び起こされてくる。群れながらも、それぞれの炎を一心に揺らめかす「曼殊沙華」の屹立した他人感覚。「他人」はさみしくもあり、強くもあると知るのだ。

山下 一夫

特選句「不揃いの家族いつしか虫時雨」。「不揃いの家族」は抽象度が高くて難解なのですが、作者が自身の家族に感じている違和感ということであれば理解できます。そんな思いも時間の経過と共に虫時雨に飲み込まれ溶けてしまう。虫時雨により自然の摂理も連想され深みを感じます。特選句「蓮根うすく切る軽い返事する」。薄くと軽くが蓮根と返事という異質な概念をうまく結びつけています。いわゆる穴の空洞も軽さに通じ、ウイット豊富。ちなみに、蓮根の調理は、ほくほく感を楽しむ場合は連なりの根元の部分を厚めに切って加熱、ぱりぱり感を楽しむ場合は連なりの先っぽの部分を薄切りしてさっと湯通しが推奨とのこと。薄く切ってチップスならどの部分でもいけそうですね。問題句「額付け合ったままタンゴ無月なり」。タンゴと無月から、ダンスする人の黒い衣装を連想され、スタイリッシュで素敵。しかし「額をつけ合ったまま」というのが実際のタンゴにはないと思われ難解。意図は不可能性というところにあり、そのことと無月の取り合わせなのでしょうか。 

稲   暁

特選句「コスモスに寄り添う風になりたいの(柴田清子)」。コスモスに寄り添う風になりたい、という表現にとても惹かれました。作者の心の優しさが感じられました。特選句「空白の句帳そのまま小鳥来る(藤田乙女)」。空白の句帳そのまま、という表現は誇張だろうが、小鳥来るという季語がぴたりと決まっています。

佳   凛

特選句「どんぐりや平凡といふ粒揃ひ」。私は、『常に平凡』と言う言葉が大好きです常に平凡の難しさ、平凡である事の、有り難さ、ましてやどんぐりの育ちゆく環境は、年々厳しくなっている。他の動植物も然りです。平凡に粒が揃って居れば万々歳です。あなたの、優しさにも、万歳です。

野﨑 憲子

特選句『満席の「国宝」出れば十三夜』。映画「国宝」に魅せられた。こんな十七音の世界が描けたらと心底思った。まさに十三夜。人生は、お仕舞いまで艶でありたい。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

秋・祭
秋灯の湯屋あまやかに手術痕
和緒 玲子
遠くからやって来るのが秋祭
柴田 清子
秋祭ドンドコ太鼓迫り来る
末澤  等
ケンタッキ―爺が待ち受け秋祭
藤川 宏樹
秋祭り親を見て打つ鉦のずれ
岡田 奈々
吹くや潮風夕さりの祭笛
野﨑 憲子
ランドセルの防犯ブザー秋祭
布戸 道江
「カタパン」の懐かしき味秋祭
島田 章平
秋のいっぱい詰め込んでゐる白い箱
柴田 清子
秋風や空っぽの箱の中に箱
柴田 清子
一筆の詫び状栗の箱届く
和緒 玲子
空箱を何処においても秋思かな
布戸 道江
臍の緒の木箱に秘密蚯蚓鳴く
藤川 宏樹
新涼
新涼や保護猫に名を与ふる役
和緒 玲子
新涼の風が吹きますまちぼうけ
野﨑 憲子
新涼や海の色したワンピース
柴田 清子
新涼やラガー薬缶の魔法水
藤川 宏樹
新涼や母の遺品の鋏磨ぐ
島田 章平
新涼やチャリの籠からバニラの香
岡田 奈々
暮早し
短日や指が覚えてゐる鍵穴
和緒 玲子
渦の奥からマグマの声や暮早し
野﨑 憲子
もう知ってしまったからね暮早し
藤川 宏樹
暮れ早し終了間際の縄電車
岡田 奈々
暮早し母の背中のまん丸く
布戸 道江
暮れ早しティラノサウルス咆哮す
島田 章平
黄落
戦後八十年の公孫樹黄落す
野﨑 憲子
黄落すふっと頬杖ついてしまふ
柴田 清子
黄落の光を超えて遍路行く
末澤  等
フレンチサラダ嵐山(らんざん)黄落す
藤川 宏樹
銀杏黄落青天を衝き破ってか
岡田 奈々
黄落や大道芸のバック転
島田 章平
黄落や十三桁の数字打つ
布戸 道江
鳥になりきれず幾千黄落す
和緒 玲子

【通信欄】&【句会メモ】

上段の写真は、「てくてく遍路」を始めた末澤等さんが撮影した四国霊場札所第五番地蔵寺の樹齢八百年になるという大銀杏です。樹下に佇って大きな生命力を授かったとお裾分けに写真を送ってくださったものです。満願をお祈りしています。

10月句会は、コロナやインフルエンザにご家族が罹患された方もあり、9名のご参加でした。丸亀から布戸道江さんが初参加、少人数ならがも、とても楽しく豊かな時間を過ごすことができました。

2025年9月23日 (火)

第165回「海程香川」句会(2025.09.13)

万智のコスモス.jpg

事前投句参加者の一句

 
晩年は兎のあつまる野が住所 若森 京子
天網恢恢原爆ドーム秋 島田 章平
鉛筆で描けばやさしい甲虫 津田 将也
秋天や人は人にして人殺し 各務 麗至
縁切って前髪切ってほうせんか 花舎  薫
逃げないで一緒にノリノリ鰯雲 岡田 奈々
深き夜のプレリュードかな蚯蚓鳴く 漆原 義典
ひぐらしに兄をひとつぶ置いてきた 河西 志帆
キャラメルの箱の空っぽ小鳥来る 松岡 早苗
輪郭は水平線まで待つ烈日 滝澤 泰斗
シベリアの戦士昭和の水が動いて秋 十河 宣洋
あさきゆめ みなんしつかり 左様なら 田中アパート
朗らかに寄る年波やとろろ汁 大浦ともこ
静物の永遠に冷たき盛夏かな 中村 セミ
戦あり星流れても流れても 月野ぽぽな
普通ってこわい檸檬ぎゅっとしぼる 増田 暁子
ひとりならひとりの歩幅秋澄めり 亀山祐美子
かき氷乱れだしたら速いから 高木 水志
鉛筆の芯折れしまま秋きたる 銀   次
白き帆の視線をよぎる晩夏光 重松 敬子
溜め息の重しまたぞろ夜盗虫 荒井まり子
晩夏岬鳥になるため風を待つ 榎本 祐子
秋深し猫診療科の繁盛ぶり 塩野 正春
虫の闇次に呼ばれるのは私 河野 志保
天高く家畜は泳ぐ草の海 山下 一夫
たまらなく生き来て湯の山の素秋 すずき穂波
季は紛れ未来の未練つくつく師 時田 幻椏
ふとよぎる昭和の空気今朝の秋 野口思づゑ
白い腹見せて守宮のお出ましだ 遠藤 和代
思い出がきゅうんきゅうんと大夕焼 藤田 乙女
母の忌よびいどろ割れて紫薇散らす 伊藤  幸
霧越えてフットボールの蜘蛛の体 豊原 清明
野花挿す古酒の香残る甕洗い 森本由美子
ムックリがムンチロ(粟)撫でて天翔けり 田中 怜子
宇宙謎めくあ~あ~あ~と扇風機 藤川 宏樹
音吐朗朗南から郭公来 樽谷 宗寛
真っ直ぐに喧嘩を売りに鬼ヤンマ 松本 勇二
白鷺や雨後の中州は黒光り え い こ
八月の耳は冷たき港かな 大西 健司
階段を一段とばす敬老日 岡田ミツヒロ
虫の夜や途切れしときは愛実る 川本 一葉
毒消丸本舗金文字涼しき大暑かな 野田 信章
うちとけてともに聴きいる轡虫 河田 清峰
一日の髪解く白花曼殊沙華 小西 瞬夏
秋耕や土に問うたり応えたり 福井 明子
尽きるまで咲いて咲き切る酔芙蓉 出水 義弘
晩夏光ママははちきんそしてボク 吉田 和恵
雲の峰一兵卒の白眉かな 疋田恵美子
早稲の花飛鳥大仏おはす寺 植松 まめ
無人駅置いてけぼりの雲と待つ 佐孝 石画
雌残る虫箱辺り鎭もりて 桂  凜火
オスプレイごうごうと飛ぶ秋夜かな句 稲   暁
石榴爆ぜマウスピースが吹っ飛んだ 三好つや子
雲の峰見つめて囁く二心 末澤  等
気後れの秋の素足のままでいる 柴田 清子
老猫のこれほど軽し薄月 向井 桐華
顔じゆうの汗が笑ひぬ球児かな 佳   凛
ママの彼嫌い露草踏みつけて 和緒 玲子
朝夕に打ち水励む白寿かな 菅原 春み
公園に日焼けの遊具揺れてをり 石井 はな
寡黙だが喋ろうと九月長い雨 竹本  仰
休符という羽ばたく前の息づかい 三枝みずほ
曼珠沙華白より赤の淋しくて 柾木はつ子
金魚すくい正解なんてあってない  綾田 節子
蜉蝣というわたくしを見ない虫 男波 弘志
皺刻みされど百まで酔芙蓉 三好三香穂
ほうたるや何にもなれずさまよえば 薫   香
夜を競い銀木犀は星となる 松本美智子
千手観音千手をあげる喜雨の中 新野 祐子
コスモスや笑つてゐるのは別の貌 野﨑 憲子

句会の窓

    
小西 瞬夏

特選句「青空の青の重たき終戦日(月野ぽぽな)」。やさしい言葉使いでありながら、だからこそ「重たき」が心に響いてくる。さわやかな青を重たく感じる。その青い空にたくさんの命が失われたという過去を、私たちは重たく感じることに鈍感になってはならない。その重さを背負っていかなければいけない。そのようなメッセージ性が全面に出されていないからこそ、心にしみてくる。

佐孝 石画

特選句「普通ってこわい檸檬ぎゅっとしぼる」。SNS全盛のこの時代、大多数の一般人の意見がネット上に氾濫し、その力は様々な分野で大きな影響力を与える様相を呈している。これまで浮上してこなかった、見えない人々のさまざまな胸の内。その人たちもまたネットに散乱する見えない意志に翻弄されながら。また、様々なシーンで振りかざされる「コンプライアンス」という名の過剰抑制。「普通ってこわい」の「普通」・「こわい」とは、周りの顔色を伺いながら日常に流されゆく、得体のしれない居心地の悪さを示すニュアンスなのかもしれない。「檸檬」は梶井基次郎の小説を想起させる。小説上では檸檬を爆弾と仮想して、非日常性への昇華を試みるが、この句では、自分の周りでまるで金縛りのようにはびこり、また振りかざされる「普通」を振りほどかんと「檸檬」を「ぎゅっとしぼる」。上の句の「普通ってこわい」という謎解きのようなフレーズが、読後に不思議な違和感としてリフレインする。

松本 勇二

特選句「鷹渡る故郷に今もオレの部屋(松岡早苗)」。生家にはまだご自身の部屋があることをふと思った作者です。空き家になっているのかも知れませんが、そこはかつてのまほろばです。季語とも相まって懐かしくそして遥かな気分にさせる一句でした。

福井 明子

特選句「八月の耳は冷たき港かな」。年々夏の暑さが止まりません。今年はさらに、炎熱の八月でした。敗戦後八十年、この月は、理不尽に逝かねばならなかった、あまたの死を追悼し、祖霊への霊迎えをする月とも重なります。ふと、耳朶に指をあてがうと、ひんやり。その形状に、港、という精神の問いやまぬイメージが重なります。こころが留まりました。特選句「早稲の花飛鳥大仏おはす寺」。奈良の飛鳥寺におわす、飛鳥の大仏さまのおおいなる表情。そこに膝を折り対峙されている静かな空間が目に見えるようです。早稲の花が、あの地の全景にそえられています。

十河 宣洋

特選句「葱刻むふとこの世から足はずれ(若森京子)」。葱を刻みながら何か物思いに耽っている。気が付くと異次元の世界を彷徨っていた。楽しい俳句と捉えていい。葱の新鮮な香りとマッチしている。特選句「休符という羽ばたく前の息づかい」。音楽は詳しくはないが休符があることは知っている。息継ぎをして次に進む大切な記号と習ったが大切な休みの時間である。息づかいが伝わってくる。

岡田 奈々

特選句「千手観音千手をあげる喜雨の中」。何日も続いた酷暑。その中で、雨が降る事の有り難さ。ダムは貯水率回復。徳島の家事は鎮火。待ってましたとばかりの雨の有り難さを千手観音の千手で表す、そのセンスの良さ。特選句「切れさうな缶の切り口虫時雨」。全然繋がらないのに然もありなんと捻じ伏せる腕っぷしの強さにうなります。「ひぐらしに兄をひとつぶ置いてきた」。関係性全く分からないが、今まで散々苛められて来た、兄の失態。ここぞとばかり、兄を身の置き所無き状態に。「朗らかに寄る年波やとろろ汁」。とろろ汁のように粘り強く諦めず明るく歳は取りたいものです。「普通ってこわい檸檬ぎゅっとしぼる」。何が普通なのか、普通なんてないけど、仏教、孔子老子、教育。中庸を旨とする。でも、無い普通を求めて、右往左往。「ぎゅっと」が、胸に浸みる。「思い出がきゅうんきゅうんと大夕焼」。夕焼けを見ると何故か心の故郷を想い描いて胸がきゅんと。「真っ直ぐに喧嘩を売りに鬼ヤンマ」。河原でいやと云うほどの鬼ヤンマ見たことがあります。怖いくらい真っ直ぐに進む。私も若い頃は良く突っかかっていたものだ。「気後れの秋の素足のままでいる」。なかなか来ない秋。素顔だから気後れしてるのかな。ちゃちゃっと塗って、早く登場して下さい。「休符という羽ばたく前の息づかい」。音楽は詩だけれど、音では無い休符に眼目するなんて、なんて詩なんだろ。「金魚すくい正解なんてあってない」。金魚すくい今まで成功したことがありません。正解教えて下さい。でも、採って帰っても、結局、すぐ死んでしまって。私の手にはかからないほうが良いのです。

樽谷 宗寛

特選句「朝夕に打ち水励む白寿かな」。お元気で気力に満ち満ちた白寿に感心しました。私は猛暑にかまけ散水もほどほど。きつと生き方も丁寧なかただと感心しました。なかなか出来ないことです。良い題材会われましたこと。

川本 一葉

特選句「千手観音千手をあげる喜雨の中」。これだけ暑いと人間だけではなく米などの作物が心配。早明浦ダムの貯水率を恐々見ています。千手観音が千手をあげる。なんと面白くありがたいこと。自然の力を前には平伏すしかありません。特選句「夜を競い銀木犀は星となる」。なんともロマンチック。銀木犀と星が競う。こういう詩的な表現に惹かれます。

津田 将也

特選句「蜉蝣というわたくしを見ない虫」。蜉蝣は、一〇~一五ミリくらいの弱々しげな昆虫です。初秋の夕方に群がります。成虫になり羽化し、交尾して産卵するとすぐ死ぬので、儚いものの例えとされてきました。子孫を残すことだけに生きているので、食べるための口や消化器官が発達せず、何も食べない期間がほとんど。その多くが数時間で役目を終え死にます。そんな事情がござんすから、あなたさまを見るゆとりなど、私方には更更ござりません。

柴田 清子

特選句「キャラメルの箱の空っぽ小鳥来る」。たった一度の人生。考えようで幸にも不幸にもなる。そんなこと気付かせてくれた「キャラメルの箱の空っぽ」でした。「青空の青の重たき終戦日」。ただただ身の芯に触れる特選句です。

藤川 宏樹

特選句「金魚すくい正解なんてあってない」。子どもの頃から金魚をうまくすくえない。要領を頭で理解した今ならうまくやれるかもだが、ずっと苦手でトライすらしない。子どもの頃には身軽で逆上がりを楽々したが、今やればできるかどうか自信がない。私には金魚すくい、逆上がり、正解なんてあってない。

和緒 玲子

特選句「葱刻むふとこの世からの足はずれ」。このゲシュタルト崩壊のような感覚はわかる気がする。食事の支度に人参を刻んで次は葱を刻んで・・・と機械的にしていると、頭も手も動いているのに神経が浮遊する感じ。葱を刻むという具体的な映像から、中七下五の詩的な表現への移動がスムーズ。また、刻んでいる手から足までの繋がりもスマートで共感の一句。

塩野 正春

特選句「虫の闇次に呼ばれるのはわたし」。次に呼ばれる・・いったいなんで、将来を決める面接か、いろいろ考えさせられる。 ‘虫の闇‘が息詰まる光景を醸し出している。特選句「身の内の少年に秋へッセ欲る(和緒玲子)」。作者の少年時代の悩みを思い浮かべておられるのか? 今の混沌とした世代を生き抜こうとする我ら老人もヘッセの叙情詩、生き抜く力が欲しい。世界に響く抒情詩を。

柾木はつ子

特選句「季は紛れ未来の未練つくつく師」。ちょっと分かりづらいのですが、かつてはあった四季の変化が今は曖昧になり、とんでもない方向に向かっているこの星の未来は一体どうなるのだろう、と言うような意味に読んだのですが… 特選句「階段を一段とばす敬老日」。「敬老」と言う言葉を素直に受け止められない敬老世代は多いのではないかと思います。「まだまだ若いぞ、ほら階段だってこの通り!」

若森 京子

特選句「一日の髪解く白花曼殊沙華」。女性にとって髪を解いて一日が終る。曼殊沙華に珍しく真白いのを見つけた事を思い出した。突然変異だと思う。何故か、ほっと開放された気分と白い曼殊沙華が共鳴し合った。特選句「休符という羽ばたく前の息づかい」。楽譜には、進行中に休止する符号がある。その次より音調が変わったり、速度が変わったりするが、それを〝羽ばたく前の“という措辞によって詩情豊かに昇華している。

高木 水志

特選句「普通ってこわい檸檬ぎゅっとしぼる」。ほろ苦い檸檬の味に、人々が「普通」と思っていることの曖昧さが響き合ってよい。

すずき穂波

特選句「葱刻むふとこの世から足はずれ」。葱は冬の季語だが、この句ではどこか夏の感漂う。細葱をおもう。白い俎板、白いキッキンをおもう。独りをおもう。音は、刻む音だけ。トントントン、トントントン。静寂の中、そのトントントンが何かの拍子にピタッと止まる。トントントン、トカトントン。私はふと太宰治の小説「トカトントン」を思い出してしまいました。特選句「蜉蝣というわたくしを見ない虫」。蜉蝣を初めて見たのは2年前。雨の午後、ホスピスの屋上の硝子越し。車椅子を押す私。車椅子に乗る人は、もう私と目を合わさなくなっていて、けれどその虫の名を教えてくれ、それから間なくしてこの世を去ってしまった。淡い黄いろい蜉蝣と共に。

河西 志帆

特選句「八月の耳は冷たき港かな」。短期間に乗りすぎて航空性中耳炎になり、通院中です。耳だけが冷たくて、そこが港になっている。この感覚が直にわかるような気がしました。八月を戦争に結びつけても、つけなくも。特選句「青空の青の重たき終戦日」。よ〜くわかるんです。例えようのない青の空の下に住んでいます。その戦下の中で痛いほど美しく重い青は何もしてくれなかったと。「晩夏岬鳥になるため風を待つ」。知念岬に立った時、この句が見えたように思いました。「鷹渡る故郷に今もオレの部屋(松岡早苗」。帰らないと分かっていても、親は子供の部屋をそのままにしているんですよ。「一日の髪解く白花曼珠沙華」。白花がこの句に気持ちのいい音を作ってくれたんですね。「石叩き地球の扉探しをり(亀山祐美子)」。彼が叩いていたのは、その為だと知ると楽しくなりました。「気後れの秋の素足のままでいる」。わざわざ「秋の」と言っているのが妙におかしく頷きました。

石井 はな

特選句「青空の青の重たき終戦日」。毎年の終戦記念日は真っ青な空と照りつける太陽の印象です。あの抜ける様な青空が、戦争のこもごもへの思いを深くします。

河野 志保

特選句「戦あり星流れても流れても」。時は移りゆくが戦の絶えない世界。「星流れても流れても」に諦めに似たものを感じる。

伊藤  幸

特選句「顔じゆうの汗が笑ひぬ球児かな」。今年の夏の甲子園高校野球は久々に心躍ろされました。若者らの汗に「乾杯!」です。特選句「休符という羽ばたく前の息づかい」。いいですね、休符が羽ばたく前の息づかいとは素晴らしい表現です。

島田 章平

特選句「ひとりならひとりの歩幅秋澄めり」。人それぞれ歩幅は違う。付かず離れず、この歩みが一番大事な事かも。

三好つや子

特選句「ひぐらしに兄をひとつぶ置いてきた」。思い出のなかの兄はいつも少年で、もちろん妹である私は少女。そんな遠い記憶の一コマが蜩の声 によって詩情が高まり、心に迫ってきました。特選句「コスモスや笑ってゐるのは別の貌」。笑顔を振りまき、誰からも好かれる「私」を演じていることに、うんざりしているのでしょう。可憐なコスモスを通して見え隠れする、作者の屈折感に共鳴。「幻月や故郷に折り鶴放ちやる」。父母の墓がある故郷への思いの深さが、幻想的に描かれ、キュンとしました。「葱刻むふとこの世から足はずれ」。葱を刻んでいたときの立ち眩み。 作者にとって、それは日常と非日常の混然とした不思議な体験だったのかもしれません。「金魚すくい正解なんてあってない」。正解がないと分かっていても、探すことを諦めないのが人間。金魚すくいとの取り合わせが、この句をいっそう興味深くしています。

各務 麗至

特選句「戦あり星流れても流れても」。戦争はこの地球上から無くはならないの でしょうか。流れ星に願い事を・・・・・と、懐かしい情景が見えてきます。動植物の太古からの生存闘争もそうでしょうが、人間だからこそ平和や平穏を願って、流れ星が消えない内に「戦争が終わりますように」と祈りの手を合わすのです。流れても流れても、に、幾千幾万の人たちの現在只今祈り願っている姿や悲壮感が見えてきます。特選句「思い出がきゅうんきゅうんと大夕焼」。胸をきゅんきゅんさせる思い出。それは誰にもあって、人を恋したり愛したり別れであったりの喜びや悲しみで、夕焼けは忘れていたそんな気持ちを呼び起こしてくれます。

佳   凛

特選句「ひとりならひとりの歩幅秋澄めり」。ひとりならひとりの歩幅、何人か居れば、その歩幅を受け入れる。優しさが見えて、好きな一句です。現代は自己主張が、激しい時代この句の様に、心に余裕を持ちたいものです。

大西 健司

特選句「縁切って前髪切ってほうせんか」。心地良いリズム、気っぷのいい別れ方が鳳仙花によってなお決まった.すっぱりと弾けて飛んで見せるのだ。問題句「ひぐらしに兄をひとつぶ置いてきた」。魅力はあるが不思議な句。「ひぐらしに」〝に“が全体をわかりにくくしている。

菅原 春み

特選句「目の奥のがらんどうなり広島忌(柾木はつ子)」。目の奥のがらんどうがなんとも痛々しい哀しさを覚えます。特選句「白鷺や雨後の中州は黒光り」。俳句らしい伝統的ともいわれる俳句ですが、中洲が黒光りとは、ほんとうによく見ています 映像がありありと浮かびます。

漆原 義典

特選句「鉛筆で描けばやさしい甲虫」。甲虫の強さがみなぎる外見と、一方、鉛筆で描いたときの甲虫の姿が、やさしいと表現されていて感動しました。私も繊細な心をいつまでも持ち続けたいと再認識しました。素晴らしい句〜ありがとうございます。

亀山祐美子

特選句「真っ直ぐに喧嘩を売りに鬼ヤンマ」。以前胸元まで真っ直ぐに小さな蜻蛉が飛んで来て驚いたことがありましたが鬼やんまともなればその迫力は桁違いで「喧嘩を売りに」の措辞がその驚きを余す所無く伝えます。「鬼ヤンマ」にやんちゃさを表現したかったのかもしれませんが「鬼やんま」もしくは「鬼蜻蜒」の方が静かな脅威が増すかと思います。

岡田ミツヒロ

特選句「戦あり星流れても流れても」。大宇宙のなかにひとつ、争乱の星“地球“いつか自爆し、塵となって宇宙の闇に漂うのか。人類の、未来への不安、願望が交錯し、揺らめく。リフレインがまさに星が流れるように余韻を曳く。特選句「ひとりならひとりの歩幅秋澄めり」。わが身ひとつ、ならばそのように生きてゆくだけ。迷いのない表白が清々しい。

植松 まめ

特選句「晩年は兎のあつまる野が住所」。明るい晩年だ。私もこうありたいものだ。これを目指して少しは努力したい。特選句「ひとりならひとりの歩幅秋澄めり」。

森本由美子

特選句「晩年は兎のあつまる野が住所」。終焉の住処に漠然としたイメージは持っているが、まだはっきりとは定まらない。強いて言葉にすれば、〈兎のあつまる野〉のようなところかなあ、ありきたりだけれど、自然があって、温もりがあって、心やすまるところならokという作者の思いが伝わってくる。

月野ぽぽな

特選句「朗らかに寄る年波やとろろ汁」。上五中七には、恙無く日々を送る幸せが穏やかに慎ましくかつ詩情豊かに表現されていていいですね。とろろ汁の穏やかな味と色と美味しい音への移りもとても心地よいです。

田中 怜子

特選句「無人駅置いてけぼりの雲と待つ」。こういう旅はいいですね。先日、奈良の西ノ京に行くと駅には駅員がいないのです。こんな有名な駅なのに! どこもかしこも働く人がいなくなる・・・この句の駅なら、のんびり待つのも苦ではありませんね。特選句「老猫のこれほど軽し薄月」。この6月に21年一緒にいた猫が逝きました。抱くと、ふわっとこんなに軽いのか、と・・・いろいろな思いが蘇りがえりました。

桂  凜火

特選句「鉛筆で描けばやさしい甲虫」。かぶとむしは厳つい虫だと思うが、鉛筆で描けばやさしいという発想がおもしろい。ここでは仮定が詩的にうまく使われていると思う。特選句「縁切って前髪切ってほうせんか」。何か人間関係のこじれが究極までいったのだろう。そんな日は前髪も切るのが若い感じがした。ほうせんかは取り合わせとして優しくて救われる。

河田 清峰

特選句「曼珠沙華白より赤の淋しくて」。そう言わればそう思って共感できる句です。

松岡 早苗

特選句「縁切って前髪切ってほうせんか」。「切って」の繰り返しがリズミカルで、「縁を切」るという重たい出来事を吹っ切って前に進もうとする潔さを感じました。「ほうせんか」がぱっと弾けて新しい明日に向かって飛び出していくようです。特選句「気後れの秋の素足のままでいる」。気後れして一歩前に踏み出せないでいる様子が、「秋の素足」の一言で見事に表現されていてすばらしいと思いました。

花舎  薫

。特選句「たまらなく生き来て湯の山の素秋」。自分の生き様や人生をたまらない と形容したところに新鮮な驚きがあった。素秋へのつながり方も素晴らしいと思った。たまらなくとは、たくさんの浮き沈みがあり、やり切れないような経験もし、がむしゃらに突っ走って、そうやって生きてきて、今自分は静かな山奥の湯に浸かっている。そして素朴な秋の美しさの中に居る。それは人生の終わりに近づいてきたひとが見いだす小さな至福感だろう。生き来て、としたところに時の流れと空間の移動が感じられ、秋の湯の山は時空を超えて人が到達できるニルヴァナを意味しているのだろうと思い至った.

銀   次

今月の誤読●「秋深し猫診療科の繁盛ぶり」。ひとりの女が灰色の猫を抱いて「猫診療科」に駆け込む。受付に行き「うちのジェニーちゃん、様子がおかしいんです」と訴える。無表情な受付嬢が「混み合ってますので、しばらくお待ちください」と言う。「でも」と言ったがさらに無表情になり「お待ちください」と答える。あらためて見れば、待合所はさまざまな種類の猫を抱いた人々で賑わっていて、だれもが心配そうな顔をして坐っている。小一時間も待っただろうか、ようやく診察室に通される。入ったとたん女はギョッとする。なんと、そこには巨大な猫が、さらに巨大な椅子に腰かけているのだ。「どうしました?」。その巨大な猫が老人のしゃがれた声で話しかけてくる。「ああ、これですか」とその猫は胸をトントン叩いてみせる。「なあに、ただのぬいぐるみですよ」。つづいて「だって、ここは猫診療科ですもの」と言う。女はドギマギしてただ「はあ」と言うのが精一杯だ。猫ドクターは「で?」と話をうながす。女が「じつは……」と話し出そうとすると、ドクターは「いやいや、あなたではなく、ご当人に訊いているのですよ」と、女の抱いた灰色猫に目を向ける。猫は甘えたような鳴き声で「みゃあみゃあ」と答える。ドクターはその声にしばらく耳を傾け、女に向かって「こりゃ夏バテですな」と言う。「この時期には多いんですよ」。女はもうなにがなんだかワケがわからずコクリとうなずく。ドクターは「なに心配はいりません。点滴をしておきましょう」と奥のカーテンをサッと開く。その向こうには数十匹の猫が横たわり、ドクターと同じような猫のぬいぐるみを着た看護師たちが忙しく立ち働いている。なにしろここは「猫診療科」なのだ。

荒井まり子

特選句「縁切って前髪切ってほうせんか」。長寿の日本。応援歌します。弾けて下さい。 よろしくお願いいたします。

男波 弘志

「縁切って前髪切ってほうせんか」。潔いことは誠に麗しいことでございましょう。名称と形態を滅するひとつの道でしょうから。秀作。「ひぐらしに兄をひとつぶ置いてきた」。  一粒はもう大きな星のようです。兄への慈しみのこころ、誠に麗しいことでございましょう。

吉田 和恵

特選句「戦後八十年や実椿は爆ぜて(向井桐華)」。椿の実が爆ぜることで砲弾の炸裂を連想しました。戦後八十年、戦争が絵空事になりつつあることへの警告と受け止めました。

遠藤 和代

特選句「戦あり星流れても流れても」。いつが来たらこの地球上から戦争がなくなるのか。個人の力ではどうにもならないむなしさを「星流れても流れても」というフレーズに乗せて、ため息のように詠んでいるのが見事だと思いました。 

榎本 祐子

特選句「溜息の重しまたぞろ夜盗虫」。重い溜息とは、余程に重い憂いなのでしょう。ぞろと出てくる夜盗虫が溜息の比喩として説得力があります。

疋田恵美子

特選句「朗らかに寄る年波やとろろ汁」。健やかながら老を感じつつ、食事にも気をつける日々の様子が。特選句「晩夏光ママははちきんそしてボク」。はちきんは、土佐の方言で、「おてんば」「男勝りで気の強い女性」を意味します。夏の終わりの映画のワンシーンのようです。

重松 敬子

特選句「点は谷折り線は山折り木の実降る(大浦ともこ)」。折り紙は日本固有の文化。一枚の紙を立ち上げてゆく楽しさはなかなかです。我が家でも一時、家中が夢中になりました。木の実降る、で、作者のおだやかな日常がしのばれます。

末澤  等

特選句「秋耕や土に問うたり応えたり」。ちょうど今は夏野菜を片付け冬野菜を植え付ける時期です。当方も先日、畝づくりの秋耕をしながら、土にまだ続いている今夏の酷暑について話しかけ、「種を蒔いたり、苗を植えてもこの暑さでは上手くいくのだろうか」とも問いかけたところでした。毎年の秋耕ですが、うまく表現している大好きな一句です。ありがとうございます。

中村 セミ

特選句「一日の髪解く白花曼珠沙華」。ある時旧友の家をたずねた。古いおおきな扉を開け入った。○○さん、遊びにきたよ 「こっちへ来て」と声が聞こえた。壁の薔薇の絵の廊下を、真っ直ぐ、あるいてゆくと、「ここよ」と、頭に響いた。部屋をあけると、椅子に座った彼女は鏡の前で白くなった髪を何メートルも床に横たわらせる様に寝かせ髪を解いていた。「久しぶりだね、でも、この長い髪きらないの」そう言うとこちらを振り向き、白い髪に赤い髪がまとわりついて、まるで、赤い髪が白い髪を退けるように、増えてきている。「私は希少な白い髪の少女.だから、赤い世間からいじわるされてきたのよ」と、言うと珍しい白色曼珠沙華に、赤色曼珠沙華が幾つもからみついていた。あの友人のアルピーフローラは随分前になくなったのだ。若かったのに白髪だったお前よ、随分前になくなったのだ。あんなに、好きだったのに。今日、墓参りにきたよ。一日の髪解く白色曼珠沙華

藤田 乙女

特選句「キャラメルの箱の空っぽ小鳥来る」。キャラメルの箱にはキャラメルと共にとても大切な宝物が入っていたように感じられます。その喪失感を小鳥は慰め心に寄り添ってくれるようで……共感しました。特選句「ひとりならひとりの歩幅秋澄めり」。作者の矜持、潔さ、達観した覚悟、清らかな心を感じ、惹かれる句でした。

竹本  仰

特選句「朗らかに寄る年波やとろろ汁」:これは朝の食事だろうと思う。こういう風に音楽のように朝食に向かうというのが実に羨ましい。というのも前日の残飯の整理係の朝食をしか知らないためだろうか。子や孫の残した漂流物の流れ着いた砂浜のような。しかしこの句は違う。ごごごっ、という食欲の音が聞こえている。しかもとろろ汁だ。積年の労苦も何もかも、この一瞬の一啜りの中に吸い込まれてしまいそうだ。勇気一〇〇%、いただきます。特選句「静物の永遠に冷たき盛夏かな」:まだ観てはいないが、山田洋次の映画『母と暮せば』では、長崎の大学の講義中に原爆が落ちたシーンに、インク壷がだんだん溶けてゆくさまをクローズアップして描いたというのを聞いたことがある。それを思い出した。なぜそんな連想をしたかはわからないが、何とはなしに死のイメージ、それもどこか日常を超絶した死の感覚を想ったからだろうか。そして、これは少年の感覚に近いものだとも思った。小川国夫『アポロンの島』の「エリコへ下る道」の空気感を感じたのである。特選句「虫の闇次に呼ばれるのは私」:秋の夕暮れ時の野を歩くと、虫たちの世界に接し、あの声の中に入り浸かってみたいという誘惑を感じます。たぶんその中には、死んだらどうなっちゃうのかな、と自然の中の死を安らかに迎えたいという願望もあるのかななど思うのですが。あんなに融和して、おそろいで合唱を繰り返されると、自分ひとりくらいお仲間にと思って瞑想しているのです。そういえば、高野山で修行した一日目、地の底から何百とも楽しそうな大合唱の声がしたのを覚えています。後で聞くと、四、五人ほど、俺も聞こえたよと…。あの時も、呼びに来たのかなと楽しい気持ちにさせられたのを、今でもよく覚えています。問題句「蜉蝣というわたくしを見ない虫」:この場合の「わたくし」は、蜉蝣自身のことか、それとも「私」=こちらのことか。前者と見たいのだが、そうなると「虫」というのがどうも説明的になる。作者の意図は、どうか? 以上です。

今月の海原秀句の「春落日水平線からアンパンマン」って、四月十二日の「海程香川」句会で、袋回し句会に出した野﨑さんの句でしたよね。おやっと当日の記録を調べると、これをいただいたのは私一人だったようで、何だか自分の手のひらからアンパンマンが飛び立ったような不思議な気分になりました。野﨑さんしか作れないのは、野﨑さんもアンパンマンの一人だからでしょうね?先日、熊本句会の伊藤幸さん、森武晴美さん、村松喜代さんとご一緒し、宮崎の流域俳句会に参加させていただき、夜は語り合い、翌日の青島吟行では兜太先生の句碑「ここ青島鯨吹く潮われに及ぶ」に触ることが出来ました。冷やし汁の昼食も、句会前こっそり頂いた麦●も美味でした。疋田恵美子さんとも話が出来、本当に来た甲斐があったなあとしみじみ思いました。流域句会のみなさま、熊女のお三人の方、本当にお世話になりました、ありがとうございます。それから、信章さん、早く治って、次回、ご一緒しましょう。

野田 信章

特選句「寡黙だが喋ろうと九月長い雨」。九月の長雨に仮託してもととれるやや前向きの句柄である。この口語発想による述懐には日本のいちばん重たい月である八月を経て来た人の気息の引きずりをも覚えるところがある。八月の原爆忌や終戦忌に重ねての、マスコミ等の類型的な論評に対してここに在るものは全く個的な寡黙にしての喋り、物言いである。これも九月の長い雨の所為かと苦笑しながらもそこには意力の確かさをも感得できる。

増田 暁子

特選句「晩年は兎のあつまる野が住所」。中7の兎のいる柔らかな、穏やかな優しい場所にいたい。この表現はとても素敵です。特選句「蜉蝣というわたくしを見ない虫」。産卵だけの2〜3時間の生命の蜉蝣。誰にも見られず、命の尊さ、哀れさを思います。

山下 一夫

特選句「かき氷乱れだしたら速いから」。上五と中七以下は倒置されているだけで一句の表面的な意味は単純なのですが、内容的には飛躍があること、言いさしたような終わり方をしていることが様々な読みを誘います。乱れだした誰かにそっと差し出すかき氷、自身をクールダウンさせるためのかき氷、油断していると乱れてしまって小さな器に盛れなくなってしまうような何物か等々。楽しませていただきました。特選句「宇宙謎めくあ~あ~あ~と扇風機」。宇宙と扇風機の取り合わせこそ謎ですが、羽の形状は上から見た星雲の形であることに思い至り納得。うなり声は古びた扇風機からのものとも、子どものころ扇風機に向かって「あー」と言うと返ってきた謎めいた「あ~」とも。愉快で懐かしい世界です。問題句「身の内の少年に秋ヘッセ欲る」。ヘルマン・ヘッセの「郷愁」「車輪の下に」「デミアン」「荒野のおおかみ」・・新潮文庫にたくさんあり青春時代に結構読みました。「秋」にはその作風や読書を連想するのですが、上五中七が難解。年を取って内面的な少年性にも遂に秋が訪れたということでしょうか。「少年に」の後で切れると見ることもできますが、さすがに「秋ヘッセ」はないですよね。

大浦ともこ

特選句「ひとりならひとりの歩幅秋澄めり」。ひとりで暮らすことになった寂しさを感じながらも前向きに生きていこうとしている様子が伝わってきます。季語の秋澄むの爽やかな静けさとも響き合っています 特選句「秋耕や土に問うたり応えたり」。農業という自然と対峙して暮らしている人の確かさや優しさが短い言葉に詰まっていると思います。

稲   暁

特選句「晩夏岬鳥になるため風を待つ」。鳥になって大空を自由に飛びたい作者。晩夏岬という造語に近い季語が生きている。特選句「青空の青の重たき終戦日」。雲一つないまでに晴れた8月15日の空。青空の青が重たい、という作者の感受性に深く共感した。

滝澤 泰斗

特選句「静物の永遠に冷たき盛夏かな」。昔、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」のコメントに、永遠に流れるミルクと評したことを思い出した。確かに、ここでいう静物も絵に写しだされた描写に永遠に冷たきとした本質を活写した。見事というしかない。特選句「ひぐらしに兄をひとつぶ置いてきた」。今年の五月、佐渡開拓村事件の現場と更級郷跡、更には、越冬した勃利周辺にわが師の逃避行の足跡を追った。メンバーの一人が、石を六つ拾って、お盆にその拾った石を墓に並べて、あらためて、満州で亡くなった叔父の家族を弔った、と・・・掲句を詠んで前述エピソードを思い出した。掲句の意味合いはもちろん違うとは思うが、言い尽くせない哀しみを感じた。以下、共鳴句「妖怪も霊も花野の夜に遊ぶ」。花野の夜で急に色っぽくなったが、見えない夜に妖怪も霊も一緒になって遊ぶ景が見えた。「戦あり星流れても流れても」。流れてものリフレインが愚かな人間の一面をやや呆れ顔で見ている。「目の奥のがらんどうなり広島忌」。呆然自失の様を上手く表現した。「夏草や もとも子もなく 王道楽土(田中アパート)」。ウソ八百並べたて、満州に行けば王道楽土が待っている。侵略を隠すには、五族協和の文字を躍らせ、言葉の麻酔を打って行く・・・貧しさの先には棄民死が待っていた。「ほうたるや何にもなれずさまよえば」。子供の頃、追った蛍は、騙されて、満州に行って死んだ魂かもしれない。

野口思づゑ

特選句「ほうたるや何にもなれずさまよえば」。あら、まさしく私もその通り、と共鳴しました。でも今ではその境地も幸せと納得しているので、作者も同じかもしれません。とはいえ客観的に見れば、案外「何か」になっている方なのでは、とも思います。「縁切って前髪切ってほうせんか」。うまく区切りがついたでしょうか、と尋ねたくなるような句。「ひぐらしに兄をひとつぶ置いてきた」。お兄様との関係をのぞきたくなった。「たまらなく生き来て湯の山の素秋」。上5からの「たまらなく生き来て」にとても惹かれた。「ママの彼嫌い露草踏みつけて」。幼い男の子の姿が浮かんだ。ドラマ性たっぷりの句ですね。

薫   香

特選句「縁切って前髪切ってほうせんか」。リズムがいいですね。振り切る感じが、季語のほうせんかとあってる気がしました。特選句「曼殊沙華白より赤の淋しくて」。曼殊沙華の赤はどうしてあんなにも寂しげなのでしょうか。

松本美智子

特選句「ハンカチや空一枚の明るさへ(三枝みずほ)」。ハンカチの役目は数知れず・・・ハンカチに関するエピソードもたくさんあろうかと・・・誰にでも身近な、ハンカチだからこそ、それを使う時、人、などなど、そこには明るい思い出とともに、未来に向かう夢のようなものが象徴として感じられます。そのような思いをうまく表現できている句だと思いました。

新野 祐子

特選句「宇宙謎めくあ~あ~あ~と扇風機」。一番おもしろくて楽しい句を選んでみました。「宇宙謎めく」に扇風機か、それもあ~あ~あ~と言って首を振る年代もの。すごく冴えている取り合わせですね。ほんとに宇宙の果てはどこにあるんだろう。最近私もよく考えます。

綾田 節子

特選句「毒消丸本舗金文字涼しき大暑かな 」。作者創作の薬屋さんでしょうか? 素晴らしい発想と諧謔、楽しませて頂きました。

向井 桐華

特選句「キャラメルの箱の空っぽ小鳥来る」。光景がパッと浮かびます。季語の選択がいいですね。

出水 義弘

特選句「縁切って前髪切ってほうせんか」。気分一新。前向きに生きようとする潔さ、決意がよく表わされていると感じました。特選句「階段を一段飛ばす敬老日」。年寄りの冷や水かも。でも、それなりに、そこそこに生きていられる幸せに心弾むときもあります。

野﨑 憲子

特選句「戦あり星流れても流れても」。人類の業を映す鏡のように星は流れるばかり戦を終わらせる術はまだ見つからない。美しい詩に昇華された反戦詩。特選句「シベリアの戦士昭和の水が動いて秋」。今年の八月で第二次世界大戦後八十年。「昭和の水」に映るシベリヤ抑留戦士たちの悲劇。深まりゆく秋の中で決して風化させてはならない記憶。

本文

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

秋澄む
頬杖の秋の澄むまで待つてをり
三枝みずほ
秋澄むやヘッセの詩(うた)を口ずさむ
増田 暁子
秋澄むや山の上なる水族館
榎本 祐子
神うたがはぬ人のゐて秋澄む
大浦ともこ
灯台に直立の意志秋澄めり
稲   暁
等身の鏡の中へ秋澄めり
柴田 清子
アンパンの欠片ほっぺた秋澄めり
藤川 宏樹
余生とはきれいな器秋澄めり
若森 京子
秋澄むや句会に弾む笑ひ声
島田 章平
伝統も前衛も月貫けり
三枝みずほ
真っ白のバスローブ着て月明り
布戸 道江
月蝕のあいだ泣ききるおとうとよ
桂  凜火
仲良しはもうこりごりよ月欠ける
柴田 清子
月の夜や踵(かかと)とどかぬバーの椅子
大浦ともこ
鰯雲
飛び乗って龍になろうか鰯雲
野﨑 憲子
いつの日か一人になるよ鰯雲
布戸 道江
長寿とや源内薬草いわし雲
若森 京子
風抱いて渡る木橋や鰯雲
稲   暁
看取らむと行きゆく道を鰯雲
大浦ともこ
スマホの電波気絶している鰯雲
岡田 奈々
土起こし予定なき日の鰯雲
末澤  等
いわし雲旅のカバンが重くなり
増田 暁子
草々の丈ほどの我鰯雲
三枝みずほ
蜻蛉
気が付けば埋めつくされて赤蜻蛉
岡田 奈々
ふとん屋からとび出す目玉鬼やんま
増田 暁子
言の葉が踊つてゐるよ赤トンボ
野﨑 憲子
読みなおす募集要項赤とんぼ
布戸 道江
瀬戸の旅この指蜻蛉のため立てる
若森 京子
伸び代は残したままや銀やんま
藤川 宏樹
キュンと君に撃たれてしまう赤トンボ
桂  凜火
蜻蛉に遊ばれてゐてもう日暮
柴田 清子
古書売って蜻蛉の過ぐる空のあり
三枝みずほ
虫除けのトンボ背にして白馬岳
末澤  等
まだ若い月だな夜を急いでいる
榎本 祐子
もう若くないけど秋思の心臓部
三枝みずほ
若者に稲妻光る精神科
稲   暁
若さとは溢るるいのち秋桜
野﨑 憲子
海程で秩父旅した若き日々
漆原 義典
爽やかや笑っていれば若くなる
柴田 清子
若楓時計正午の廃母校
藤川 宏樹
白桃の薄皮はがす若き指
桂  凜火
若や若わかわかわかや秋日輪
野﨑 憲子

【通信欄】&【句会メモ】

今回は関西から若森京子さん、榎本祐子さん、桂凜火さん、増田暁子さんも参加され、いつにも増して楽しく豊かな時間を過ごすことができました。特に、若森さん榎本さんは本会に第一回からご参加で、本会の初代代表の高橋たねをさんが伊丹市にお住いの時からの俳句仲間でした。事前投句の合評後の袋回し句会も、魅力あふれる作品や熱い鑑賞が行き交いあっという間の四時間でした。

第1回「海程香川」の事前投句一句集(参加者10名)の作品から・・。        

2010年11月19日(土)  於、サンポートホール高松  。    

ナターシャの朝は眩しい木の葉髪     高橋たねを    

加齢とは頬杖やわらかい花野       若森 京子    

星流れ言伝てというぼんやり       矢野千代子    

次々にドア開け長き夜の羊        榎本 祐子

お日さまと何して遊ぼう蜜柑山      河野 志保    

燧灘月の兎が来ているよ         野﨑 憲子  

これが始まりの時でした。そしてお陰様で徐々にお仲間が増え、今に至っております。句会には遊び心が何よりも大切と思っております。今後とも末永くよろしくお願いいたします。 

2025年8月26日 (火)

第164回「海程香川」句会(2025.08.09)

万智の花火.jpg

事前投句参加者の一句

 白馬岳1.png                   
<沖縄にて>寅さーん銀バナナはグラム売りだぜ 樽谷 宗寛
虫食ふと人食ふ人とゐる葉月 藤川 宏樹
兄嫁はいつも雨だれ蛇苺  大西 健司
島一つ買う夢まったり大昼寝 伊藤  幸
人を見る気配が重い胡瓜かな 中村 セミ
炎天やいのちあつての空あふぐ 各務 麗至
「カナリヤ」は夜間保育所星涼し 大浦ともこ
てのひらに悔いのほたるが二つ三つ 吉田 和恵
地底より雲立ち上がる原爆忌 岡田ミツヒロ
真摯に重く受け止め車輪の下 田中アパート
夏空や下の畑で妣が呼ぶ 漆原 義典
朝涼や鉋掛けたる戸の軽さ 松岡 早苗
眠る蝶を起こしはせぬか今日の月 川本 一葉
ねじれ花姉を謎解き歌にする 三好つや子
吾三十入道雲に急かされる 高木 水志
被爆電車過ぐや夾竹桃ましろ 和緒 玲子
花魁草長く生きたる自画自賛 疋田恵美子
しゃがしいしぃ雨乞い念仏のごとく降る 福井 明子
被爆忌の己の影に立ち止まる 榎本 祐子
金星の昼まったく蝉が鳴かない 山下 一夫
走れメロス余白幽かな夏の蝉 塩野 正春
向日葵や一歩下がって仰ぐ空 河野 志保
ワカメちゃんカットの吾の夏休み 植松 まめ
千切り絵のごと雲流る今日参院投票日 田中 怜子
胸底に無言の祈り原爆忌 稲   暁
香水の名前に残る昭和かな 重松 敬子
真っ直ぐに戻る漁船や大夕焼 佳   凛
沈黙の四人の車中日雷 綾田 節子
一睡や疲れが蝶になる夏野 菅原 春み
母の忌や線香花火の小さき月 銀   次
熱帯夜中心線がずれてくる 増田 暁子
しゃんしゃんしまい向日葵がみつめてる 向井 桐華
夏幾度ずいぶん遠い島に来ました 佐孝 石画
入道雲に拳八百万の神よ 荒井まり子
鳥雲に耳のうしろにある鱗 男波 弘志
どこまでが嘘か誠かソーダ水 藤田 乙女
夏星に降り立つひとりはピアニスト 桂  凜火
狐の嫁入り荷物は絵馬と軽く言い 松本 勇二
昼寝覚め鏡の中にいるザムザ 島田 章平
ビーナスが水滴纏ってラムネラムネ 岡田 奈々
天道虫バンザイして翔ぶ爆心地 津田 将也
尾鰭ふりつつ短夜に眠り落つ 月野ぽぽな
皿洗う水で救われ炎暑の日 え い こ
そのうち虫の音と記されさう玉音 すずき穂波
塩飴をなめて精出す草むしり 出水 義弘
白日傘汝に片腕置いて来し 小西 瞬夏
扇風機まじめに時代遅れかな 河西 志帆
二枚目より遺書らしくなる遠花火 若森 京子
せりあがる朝顔同床異夢の紺 十河 宣洋
見よ炎熱のオクラ畑に死の気配 柾木はつ子
熊本空襲語りき青葉蒸す夜ぞ 野田 信章
バスに満つ部活帰りの青春の汗 滝澤 泰斗
プラネタリウムワッテナナホシテントウムシ 河田 清峰
炎昼に道見失ふ蟻のをり 石井 はな
水母には水母の都合があって波 柴田 清子
夢追った跡は銀色なめくぢり 新野 祐子
言の葉が降りてこないのけんけんぱ 薫   香
影法師の心臓はここ敗戦日 三枝みずほ
ばあばって開いて閉じて扇子かな 三好三香穂
それぞれの忘れる速度敗戦忌 野口思づゑ
打ち水の水も貴重な讃岐平野 遠藤 和代
笑ひ皺五本十本雲の峰 亀山祐美子
歳を追い負い老いて喜寿嗚呼狂暑 時田 幻椏
時までも焙り縮める極暑かな 森本由美子
抱きすくめ何をいまさら花菖蒲 末澤  等
楽園の記憶バナナの傷み滲む 花舎  薫
火星語を話すいとどに道譲る 松本美智子
水たまりに来た夏空も十七才 竹本  仰
八月の影法師どこをどう曲がつても 野﨑 憲子

句会の窓

白馬岳2.png
松本 勇二

特選句「母の忌や線香花火の小さき月」。線香花火をじっくりと見ている作者。月の発見が冴えています。母上もやってきて一緒に覗き込んでいることでしょう。

小西 瞬夏

特選句『「カナリヤ」は夜間保育所星涼し』。夜になってもお仕事が終わらない忙しい現代社会。シングルマザーが夜の仕事をしているかもしれない。こどもも寂しいが親も切ない。そんな保育園の名前が「カナリア」なんてよけいさびしい。けれど、「星涼し」という季語で救われ、何とか生きていけそうな気がする。

十河 宣洋

特選句「一睡や疲れが蝶になる夏野」。一睡の夢という言葉があるが、どこで寝ていたのか。公園などのベンチかもしれない。家のソファーでもいい。一寸した転寝の後の爽快な気分。特選句「八月の影法師どこをどう曲がつても」。自分の疲れた影が後を追ってくる。どこまで行っても後を追ってくる影法師。鬱陶しくもありこれが今の俺かなどと思ったりしている。

河西 志帆

特選句「八月を迷うまっすぐ母を嗅ぐ(三枝みずほ)」。母を嗅ぐという事は、匂いがしたとかでなく、此処を分かってよ。なんですよね。特選句「天道虫バンザイして翔ぶ爆心地」。バンザイは嫌いです。この句の中に沢山の哀しい戦争がありました。大切にしたい句です。「鳥雲に耳のうしろにある鱗」。補聴器を試しているところです。身体の何処も悪くないんですが、此処がどうも、鱗があるんかなあ〜!「走馬灯ヒトに未練という尻尾」。なるほど、時々ほんの少しだけど、変についてくると思ったら、それは尻尾だったんだ!「二枚目より遺書らしくなる遠花火」。分かります。本当の事って、すぐに言えないし、書けないんです。それって、案外本音かもしれません。

各務 麗至

「被爆忌の己の影に立ち止まる」。八月に、お盆に、ともなると、我々の世代でもいろいろ聞かされてきた敗戦時の残酷な風景が見えてきます。黒焦げの遺体も・・・・。己が影にそれが意識されて、忘れてはならないものです。特選。「合歓咲いて過去では何も起こらない(河野志保)」。先の特選にも繋がります。繰り返してはならない過去でなく、希望の花咲く現在未来を。特選。

樽谷 宗寛

特選句「真っすぐに戻る漁船や大夕焼」。映像が素晴らしい。漁港では家族の誰かが待ち受けていますね。

若森 京子

特選句「影法師の心臓はここ敗戦日」。ひろしま、ながさきには沢山の人間の影のみが焼き付けられた。「心臓はここ」という措辞から、生と死の尊厳を余計にリアルに我々の心に焼き付けられる。「それぞれの忘れる速度敗戦忌」。敗戦を経験した人も次第に少なくなっていく現実。若い人達の中にも色々の活動を通して核廃絶運動をしている人もいる。老若問わずそれぞれの速度は違う。しかし、絶対に忘れてはいけないと願いをこめて。

津田 将也

特選句「しゃんしゃんしまい向日葵がみつめてる」。しゃんしゃんしまい!(はやくしなさい!)は、香川県(さぬき)の方言です。「早くしろ」「てきぱきと行動しろ」という、半ば強制的な意味合いがあります。この句からは、関係のないこと(ひまわりがみつめてる)を口実に、てきぱきとした行動を促す母親と、それとは逆の子との間合いが、方言により微笑ましく詠まれています。

島田 章平

特選句『「カナリヤ」は夜間保育所星涼し』。「カナリヤ」と言う夜間保育所の名前に惹かれた。「炭鉱のカナリヤ」と言われるように、カナリヤは危険を感知する表現にもなる。少子化の時代、夜間保育所にわが子を預けて働かなければならない母親。現代の見えない社会の病根を「カナリヤ」と言う名前が表しているように感じた。

岡田 奈々

特選句「島一つ買う夢まったり大昼寝」。夢は大きい方が幸せ。だが、島が小さいと、十五少年漂流記になってしまいます。一つずつゆっくり整えてっと。特選句「狐の嫁入り荷物は絵馬と軽く言い」。こんなウィットにとんだ受け答え出来たら、人生楽しいだろうな。「遺言の書き出し見本蝉しぐれ」。遺言書くとなると、結構あれもこれも心配で書き並べるか、1つ買いて、筆が止まるか。まだ、何もしないうちに、死ぬ時きっと慌てる。「人を見る気配が重い胡瓜かな」。胡瓜は何時までぶらぶらしていて良いのか、あたりを伺っているのですね。「花火師は宇宙感覚地を這うて」。宇宙感覚とは自分が花火になったつもりで、火薬を詰めているのか。「ねじれ花姉を謎解き歌にする」。姉とは横暴で唐突なる生き物。それ題材に短歌のさぞ面白いものがかけるだろう。「どくだみや手足の傷に覚えなし」。何故か分からないが、一日遊んで帰ると擦り傷だらけ、どくだみ茶でも飲んで直しといて。「プラネタリウムワッテナナホシテントウムシ」。以前からテントウ虫の飛ぶところは大好きだったけど、プラネタリウムの形。そして、星が付いた躰。本当にプラネタリウムに見えてきます。「トランプのきるくるまぜる蜃気楼」。トランプゲームは切ったり繰ったり混ぜたりして遊ぶ。トランプ大統領も派手に他国を切ったり、遣り繰ったり、綯い交ぜにしたり。同じです。大統領にとって、政治はゲーム。そして、ニューヨークの摩天楼は蜃気楼。「夢追った跡は銀色なめくぢり」。夢は追ってる途中が、楽しい。終わればそれは良い思い出に輝く。

大西 健司

特選句「熊本空襲語りき青葉蒸す夜ぞ」。語り部も少なくなった昨今、八月はどうしてもこういう句に目が行く。〝青葉蒸す夜ぞ〟と書き切った思いの深さが切ない。

三好つや子

特選句『「カナリヤ」は夜間保育所星涼し』。昔でいう託児所のことでしょうか。夜に働かざるをえない母親を通して、浮かんでくる格差社会の実態。まるで映画の一シーンを見ているようです。特選句「扇風機まじめに時代遅れかな」。異常な暑さが続くなか、エアコンやサーキュレーターがもてはやされ、時代遅れになってしまった扇風機に、不器用で真面目な昭和の父親像が重なり、共感しました。「入道雲に拳八百万の神よ」。今年の八月六日の広島知事のスピーチを思い出しました。これだけの犠牲を払っても、今もって世界平和に辿りつけない現実に、愕然とします。「二枚目から遺書らしくなる遠花火」。遺された者へのメッセージだからこそ、御座なりにはできない。そんな思いと遠花火とが響き合い、惹きつけられました。

男波 弘志

「真摯に重く受け止め車輪の下」。既にして既成語になってしまったことばを使って辛辣な風景を創り上げている。鈍重な鉄の車輪が動き出すときの、ある高揚感と危機感がほんとうは必要なのだが、こういうことばを発する人たちは皆、上級車両の食堂車にいてワインなどを嗜んでいる。車輪の下の暗がりを知っているのは何処にでもいる市井の人たちであろう。秀作

桂  凜火

特選句「走馬灯ヒトに未練という尻尾(岡田ミツヒロ)」。未練というのはたしかに尻尾みたいなものですね。走馬灯と響き合いいい句だとおもいました。

高木 水志

特選句「どこまでが嘘か誠かソーダ水」。ソーダ水の不確かな気泡をうまくとらえていると思います。不確かな昨今の世界を表現しているのではないかと思いました。

増田 暁子

特選句「白日傘汝に片腕置いて来し」。心の名残りが「片腕置いて」と表し、とても上手いですね。特選句「影法師の心臓はここ敗戦日」。大変多くの戦の死を思い、平和を求める拠り所は敗戦日にある。その通りです。

川本 一葉

特選句「万緑に次は全部のドアが開く(河西志帆)」。よくわからない、というのがほんとうのところ。けれど万緑に目や心が開いていく、と読んだ。正直になれる、ただ今日はまだ心が疲弊してまだ心のドアが全て開かないけれど、などと見当違いかもしれないがそう感じた。解放される感じが好き、だと思って特選に。

野田 信章

特選句「花魁草長く生きたる自画自賛」。長寿に伴う功や苦の表出感ではなく、ただ「長く生きたる」というそのこと自体の自賛である。可憐な「花魁草」一茎の配合によって簡潔にして明度のある句姿が素敵である。

河野 志保

特選句「夏星に降り立つひとりはピアニスト」。夏の星にはどこか滲んだ憂いがある。夏夜のピアニストとその音色にも同じものを感じる。幻想の世界に引き込まれるような句。

豊原 清明

特選句「<沖縄にて>寅さーん銀バナナはグラム売りだぜ」。寅さんは昔の日本の風景を捕らえている。特選句「笑ひ皺五本十本雲の峰」。笑い皺、十本は景気がよい。問題句「千切り絵のごと雲流る昭和かな」。今年の選挙は怒りがこもっていた。

福井 明子

特選句「億年の表敬蜥蜴我を見上ぐ(時田幻椏)」。億年の表敬 という言葉に釘付けになりました。我が家のだだっぴろい屋敷にも蜥蜴がたくさん棲みついています。いつもひょいと出現して何処かへ滑り込んでいきます。億年も前から、あのままのかたちなのでしょか。アイコンタクトの瞬間、ヒトもその時をさかのぼるような、そんなポエジーを感じました。

藤川 宏樹

特選句「せりあがる朝顔同床異夢の紺」。せりあがる朝顔の紺が勢いで眼前に蘇ります。「朝顔」が「同床異夢」を見る人の朝の顔とも伺える取り合わせ、絶妙です。

和緒 玲子

特選句「熱帯夜中心線がずれてくる」。猛暑の一日を何とかやり過ごしても待っているのは熱帯夜。やれやれと寝具に横たわった時の視界だろうか。繰り返す寝返りに中心線が曖昧になっていく己が身体だろうか。暑さの異常性を通じ作者の肌感覚を繊細に表現している。

花舎  薫

特選句「虫食ふと人食ふ人とゐる葉月」。人食ふ人とはおそらく戦争を起こしている者たち、そして虫食ふ人とは戦争の犠牲者、飢えて死にいく者たちだろう。最初はよく訳がわからなかった。ただ何度も読んでいるうちに、寓話のような強烈な表現を批判でもなく説教でもない淡々としたトーンで詠まれていることに惹かれていった。特選句「遺言の書き出し見本蝉しぐれ(津田将也)」。昨今、何か知りたければGoogleで簡単に調べられる。料理の仕方から遺言の書き出し方まで。行為自体は物々しものであっても、全てが気軽に手に入ることで本来の重さが失われている感がある。ここでは、何せ自分の遺言である、思うところあっての行動だろう。ほんのちょっとの好奇心からかもしれない。誰か他の人が書いたものか、あるいはAIが数ある遺言を束ねて捌いたサンプルだろうか。誰かの遺言を参考にする、そのアイロニーに哀れを感じた。

月野ぽぽな

特選句「遺言の書き出し見本蝉しぐれ」。今の言葉では終活というのでしょうか。来るべき人生の最後の日のために諸々の準備をされているのでしょう。遺言にも書き方があり書き出しの見本があるのですね。句の中で心境は語らず、物を提示することで、その心境を読者に彷彿させ、さらには人間の健気さや滑稽さからペーソスに至るまでを立ち上がらせていて秀逸です。もちろん蝉しぐれの季節の音響効果や時間の経過の演出も最適です。

漆原 義典

特選句「バスに満つ部活帰りの青春の汗」。青春の汗。遥か昔の学生時代を思い出しました。上五の<バスに満つ>がいいですね。素晴らしい句をありがとうございます。

柴田 清子

特選句「言の葉が降りてこないのけんけんぱ」。一大事の時、自分を見失いそうなときの、「けんけんぱ」。一句に季語ある無しにかかわらず特選の一句に選ばせてもらいました。

河田 清峰

特選句「時計草未来の地球は青ですか?(増田暁子)」。汚染され続けてゆく地球を止める手立てが欲しい。

岡田ミツヒロ

特選句「母の忌や線香花火の小さき月」。幼子の花火のはじめは線香花火。おそるおそる手に持つ花火、それを支えてくれた若き日の母の記憶。最後は小さな赤い玉になって落ちる線香花火。「小さき月」の暗喩が出色。母への追慕の情がしみじみと胸に沁みる。特選句「しゃんしゃんしまい向日葵がみつめてる」。どこかユーモラスな讃岐弁、香川句会ならではの楽しみ。生前の母の慌しげな顔、仕草が思い浮かび懐しい。向日葵が〝えんで、ゆっくりしまい“と笑っていそうです。

植松 まめ

特選句「そのうち虫の音と記されさう玉音」。時代がまた大きく曲がる予感がする。参議院選挙の結果、改憲を叫ぶ政党が多数を占めるようになった。日本国民は何を選択したのか?特選句「それぞれの忘れる速度敗戦忌」。母は語らなかったが戦争で大切な人を失った。戦争を知らぬ私もどこかにその痛みを感じつつ育った。「生ぬるき八月の水に手をひたす父母逝きても完結せぬ戦後 まめ」

え い こ

特選句は、「女童の黄帽子探し炎をゆく(銀次)」が、自分の体験と重なり、<炎をゆく> と上手に表現されていると感心いたしました。あと、一つは「香水の名前に残る昭和かな」にします。ディオールとか、オーデコロンでしょうか?懐かしいです。

榎本 祐子

特選句「永遠にさらに一秒ヒロシマ忌(竹本 仰)」。広島は永遠の祈りの地ヒロシマとなった。その瞬間の惨劇への憤りを「さらに一秒」と、思いを込めての表現に打たれます。

綾田 節子

特選句「水母には水母の都合があって波」。ふはふは水母は自分の都合で漂ってる感、多いに感じます。都合良く漂ってると波がきました。でも人間と違って波なんてへーちゃら 作者の比喩かもしれませんね。

野口思づゑ

特選句「万緑に次は全部のドアが開く」。面白い発想です。何だかそんな気がしてきます。「熱帯夜中心線がずれてくる」。「笑」と後に続けたいような、寝苦しい夜をユーモアーで語る余裕。「どくだみや手足の傷に覚えなし」。ちょうど自分の手のひらの傷に、いつ、どこで、と訝しく思っていたタイミングでしたので共感句です。「猛暑かな下町老医にラブレター」。物語性があります。

松岡 早苗

特選句「兄嫁はいつも雨だれ蛇苺」。不思議な魅力を感じました。「雨だれ」は涙なのでしょうか。悲しさ、寂しさ、憤りの表出なのでしょうか。「兄嫁」という設定が絶妙で、結句の「蛇苺」が毒々しく、不穏当な気配を秘めているようです。想像力をかき立てられました。特選句「八月を迷うまつすぐ母を嗅ぐ(三枝みずほ)」。「母を嗅ぐ」と嗅覚に訴えて来て、印象的でした。母に抱かれ乳を含んだ時の胸の匂いは、子にとって常に生命力の原点。傷ついたとき落ち込んだとき、母の無条件の愛が匂いとしてよみがえり、自己肯定感や希望を取り戻させてくれる。「まつすぐ」という迷いのなさもすてきです。

塩野 正春

特選句「億年の表敬蜥蜴我を見上ぐ」。蜥蜴様何億年も生き続けたのですね。その方に目を向けられるとなんか恥ずかしい気持ちです。人類はこれほどまでに愚かな生き物か・・と諭されているようです。一方蜥蜴が傍にいてくれることに一方ならぬ安堵を覚えます。特選句「時計草未来の地球は青ですか?」。時計草は南米由来と聞きます・・が南米だろうが地球上。地球の未来があるのか今まさに問われています。地球は青かった との宇宙飛行士の言葉が離れません。このまま水ある星にいて欲しいものです。問題句「天道虫バンザイして翔ぶ爆心地」。作者は何に何故万歳したいのでしょうね! 暑さ故ですかね?

向井 桐華

特選句「沈黙の四人の車中日雷」。無駄な言葉がなく、景が浮かんでくる。少し気まずい四人の沈黙を切り裂くように日雷。季語が動かない佳句だと思います。

伊藤  幸

特選句「一睡や疲れが蝶になる夏野」。一睡で疲れが取れ蝶のように羽ばたく。いいですね。ポジティブです。今年のこの猛暑を思いっきり羽ばたいてください。夏の強い日差しを浴びる夏野の元気な季語が効いています。特選句「火星語を話すいとどに道譲る」。竈馬古名いとどは羽もなく発声器官がないので鳴くことも叶わず夜行性で便所コオロギとも呼ばれ秋の虫にしてはあまり好かれる虫ではないが、もしかしたら火星と交信できる能力等備えているのではないかと作者は考えた。「どうぞどうぞお通り下さい。」作者は敬いつ道を譲る。何事もそんな風に思えたら世の中諍いも戦争も起こらないのではないだろうか。

菅原 春み

特選句「被爆電車過ぐや夾竹桃ましろ」。被爆をしても走り続けた電車と季語のましろがより平和への思いを誘う。特選句「天道虫バンザイして翔ぶ爆心地」。小さいけれど翔部天道虫を添えたことで平和を願う気持ちが深く響いてきた。

石井 はな

特選句「サイレンの音泣いている終戦日(野口思づゑ)」。毎年8月15日のギラギラと暑い日差しの下、黙祷の合図のサイレンが聞こえて来ます。その音がまるで泣き声の様に聞こえるのですね。8月15日の象徴の様です。これからは、私にも泣いている声に聞こえそうです。

柾木はつ子

特選句「胸底に無言の祈り原爆忌」。言葉で表現するのが得意でない人もいるでしょう。でも日本人なら誰でも祈らずにはいられないと信じます。連日のメディアの報道を視聴すると、全く言葉を失ってしまいます。特選句「時計草未来の地球は青ですか?」。自然の荒廃、人心の荒廃の今を思うとそう問いかけたくなりますね。同感です。勿論、私もこの状況に少なからず関わっている人間の一人として思う事なのですが…。

大浦ともこ

特選句「朝涼や鉋掛けたる戸の軽さ」。鉋を掛けて木戸が軽くなったという何気ない日常の変化と季語の”朝涼”が合っていると思います。丁寧な暮しぶりが懐かしくもあります。特選句「そのうち虫の音と記されさう玉音」。日本が戦争をしていたということが遠い記憶となり矮小化されることへの危惧が伝わってきました。破調で詠まれていることで不穏な空気が強調されていると思います。

特選句「青石のうすき縞目や夕涼し(松岡早苗)」。青い海と青い羽衣を想像し、涼しさを感じた。特選句「炎昼に道見失ふ蟻のをり」。余りの暑さに、頭もボーっとして来る。今年の夏は、格別に暑い。

佐孝 石画

特選、無し。「水たまりに来た夏空も十七才」。解釈が分かれる句だと思う。まず、水たまりに来たのは夏空か作者か。「水たまりに来た」で切れるのなら、来たのは作者、切れないなら、夏空が水たまりに来た、つまりそこに空が映り込んでいる景。また、「水たまり」が暗喩表現なのか、実景なのか。比喩ならば「水たまり」は人生のターニングポイントを示唆するものとなる。もう一つは「十七才」が実年齢なのか、かつての青春時代なのか。一見単純そうな作品だが、いずれも鑑賞者にとっては逡巡するポイントが多すぎて、解釈を諦めさせる要因になりかねない。僕は「夏空」が「水たまり」に来て、十七だったころの作者もともに映り込んでくる抒情俳句として解釈した。ここでの「水たまり」は実景でもあり、人生を折り返す地点まで来た作者の胸の内にある悲哀の「水たまり」とも重なるような気がした。

新野 祐子

特選句「熊本空襲語りき青葉蒸す夜ぞ」。どれを特選にしようか迷いましたが、これにしました。空襲、地震、豪雨と度々甚大な被害に遭ってきた熊本の方々に心よりお見舞い申し上げます。今回の線状降水帯では大丈夫だったでしょうか。「青葉蒸す夜」が、戦争の恐ろしさを鋭く突き付けてきます。

山下 一夫

特選句「人を見る気配が重い胡瓜かな」。つまるところは自身の気分の投影ではあるのでしょうが、大きくなり過ぎた胡瓜の不気味な存在感が活写されていると思います。ちなみに胡瓜は適当なところでもがないといくらでも大きくなり、反比例して味と商品価値は落ちていきます。特選句「しゃがしいしぃ雨乞い念仏のごとく降る」。一言も「炎天下の蝉しぐれ」とは言っていませんが、それをリアルに感じます。擬音のところは「じゃかしい(やまかしい)」という九州弁も掛かっている気配。問題句「鶏頭の花を数へる癖のまた(川本一葉)」。病床の子規の心境ともその著名な句と鶏頭が観念連合してしまっている困惑とも取れますが、おそらく後者でしょうか。言われてみるとそんなところがあると思われ納得です。

松本美智子

特選句「影法師の心臓はここ敗戦日」。終戦など戦争の体験や平和に思いを馳せる俳句がたくさん詠まれてきたでしょう。今も続く戦禍を憂うばかりです。影法師の心臓はどこにあるのか?平和を希求してやまない人類の永久的な願いをこの句には感じることができました。

森本由美子

特選句「二枚目より遺書らしくなる遠花火」。 折をみては心の中で整理したり、思いつきのメモを取っていたりした遺書の下準備。いざ書き出してみると抑えていた心情が溢れ、肝心な事務的部分になかなか筆が進まない。<遠花火>はドラマのような状況設定だと思う。

銀   次

今月の誤読●「扇風機まじめに時代遅れかな」。夏の盆休みで一年ぶりに実家に里帰りした。ダンナは仕事があるので、わたしひとりの帰省だ。里の母は「まあまあ、よう来た」と迎えてくれたが、父はこのところ調子が悪いとかで奥の間で寝ているということだった。とりあえず挨拶しようと部屋に向かうと、ふとんをかぶった青白い顔の男が寝ていた。一瞬「だれ?」と思ったが、あらためて見るとそれが父だった。一年前とはまったく変わり果て、さながら長年寝込んだ病人のようだった。枕元には古びた扇風機がコトコトと音を立てまわっていた。父は弱々しい声で「久しぶりじゃのお」と言った。わたしは驚いて母に「なにがあったの?」とささやいた。母は「なに、暑さにやられたんじゃよ」と案外平気な声で言った。たしかに部屋中ムンとした湿気に蒸れ、異常なまでに暑かった。わたしは怒り心頭で、母に「なんでクーラーをつけないのよ!」と叱りつけるように言った。父が寝床から「クーラーは躰に悪い」と思いがけず大きな声で言った。「でも」とわたしが言いかけると、母はそれをさえぎって「父さんが嫌がってのお」と言う。もちろん冷房病というのはある。だがこの暑さでは熱中症のほうがはるかに怖い。「リモコンはどこ?」と母に問う。母は「さあ」と首をかしげる。イラついたわたしはリモコンを捜そうと歩き出す。とたん扇風機につまずいた。首の曲がった扇風機をもとに戻そうとすると、その鉄製の羽がわたしの指をはじいた。「痛い!」。血のにじんだ指をなめていると、扇風機のコトコトの音が人の声に聞こえた。「おいでおいで」という声に。父はその生ぬるい風を受け、静かに目をつむった。わたしの背中にゾッとする戦慄が走った。おいでおいで、っていったいどこへ? 父をいったいどこへ連れていこうというの?

荒井まり子

特選句「ワカメちゃんカットの吾の夏休み」。昔サザエさんを楽しく読んでいた。団塊の世代だが昭和百年となると、色々と複雑です。 よろしくお願いいたします。

田中 怜子

特選句「熊本空襲語りき青葉蒸す夜ぞ」。語って欲しいですね。そして、平和の大事さに声を挙げてください。過去に目をつむる者には未来はありません。特選句「扇風機まじめに時代遅れかな」。私は原発に反対ですので、すこしでも節電と思って冷房を持っていません。今年の夏は意外としのげますし、夜は寒いくらいです。扇風機はタイマーを付けて寝ています。東京の郊外、そう密集してない地域、しかも9階ですから窓は一日中開けっぱなしです。他の人にはすすめられません。扇風機頑張れ!

薫   香

特選句「しゃんしゃんしまい向日葵がみつめてる」。少しだけ背中が伸びました。ありがとうございました。季節柄お体をご自愛ください。

瀧澤 泰斗

特選句「補聴器食み出し鳴く蟬もいる沖縄忌(野田信章)」。いつの頃からか、反戦句や平和に立脚した俳句は自分の作品にも多いが、人の作品も気になる俳句のテーマになっている。今年は戦後八十年の節目の年、今月の投句にもたくさんの反戦句や平和を祈念した句が沢山出揃った。そんな中、掲句を特選の一つにした。補聴器を通して聞こえる蝉の声の他、記憶の中からあの時の蝉の音が聞こえてくる。共鳴句:原爆忌関連の三句が続く「被爆忌の己の影に立ち止まる」「地底より雲立ち上がる原爆忌」「胸底に無言の祈り原爆忌」:「島一つ買う夢まったり大昼寝」。大昼寝で見た夢が島一つ買った夢とは・・・こんな俳句を自分もものにしたいと思った。「真っ直ぐに戻る漁船や大夕焼」。真っ直ぐがいい・・・大夕焼けを背に、大漁の漁船が帰路を急いでいる。「そのうち虫の音と記されさう玉音」。語順が気になった。虫の音と記されさう玉音そのうちに の方がいいような気がした。其れよりも、昨今の「ファクトチェック」やら、「フェイクニュース」やら、はたまた、「似非」なるもののいい加減な解釈が、玉音放送そのものをゆがめて行きそうな気配を掬い取ったお手柄を評価すべきと思った。

三好三香穂

特選句「猛暑かな下町老医にラブレター(伊藤 幸)」。クレージーな猛暑ですね。狂いついでに、老医者にもラブコール。老いらくの恋の行方と実相は、如何なものでしょうか。はたまた、何か不具合でもあって、かかりつけ医の老医者に紹介状でも書いて、もらうのでしょうか?諧謔みがあり、様々なストーリーが思い浮かび楽しいですね。

稲   暁

<特選句「地底より雲立ち上がる原爆忌」。力強い表現のなかに、怒りと悲しみがこめられていると思います。特選句「熱帯夜中心線がずれてくる」。暑苦しい熱帯夜。精神の中心線がずれてくるのかそれとも…。

中村 セミ

特選句「くやしさは誰にも告げず梅雨滂沱(植松まめ)」。白いホテルが5階の高さを海につっこむように映し立っていた港の建物の、駐車場に車を止め、既に5階の部屋にいた。ホテルの経営者が、失踪したため一度潰れたのだが、債権者が再開していた。窓に寄ってみると、ガサッと音と共にジヤジヤ降りなった。「夕立か」「私が呼んだの」と、振り向くと、鎖を手に巻きつけた女が「私は騙され、身体を乗っ取られたの」錆た鎖につながれた薄汚れた女が言った。かと思うと、恐ろしい顔に変わり僕に、かみついてきた。その時土砂降りの中で下の方から、窓に突き刺さるように、車がとびこんできた。「えっ、ここは5階なのに」と、思った時、運転手は、なんと、「僕だった。」車は、パァーとライトを照らした時、僕は、スゥーと車の中の運転手に戻っていた。駐車場から、海に転落して、海の中の5階の窓に、つっこんだのか? 

竹本  仰

特選句「走れメロス余白幽かな夏の蝉」:太宰治の「走れメロス」は中学校の教科書で学んだが、何て偽善的な作品だと思い、単純に感動していた何人かを軽蔑さえしていた。しかし、メロスが自分の友人・セリヌンティウスを人質にして、妹の婚礼から戻るとき、疲れ切って倒れて挫けそうになったところの場面だけは覚えている。正義をかざす自分への自己嫌悪に陥り、自身を嘲笑しながら、まどろんでゆくとかすかな水音が聞こえる。…あの一瞬は気に入った。水音が実に鮮明だ。メロスを生き返らせた水との対話さながらに「余白」が魅力的に聞こえる句です。特選句「向日葵や一歩下がって仰ぐ空」:向日葵にウクライナを連想しました。ヴィットリオ・デ・シーカ『ひまわり』ではイタリアとソ連との戦争で互いに大量の戦死者が出て、その鎮魂のためにその地に無数のひまわりが植えられたとなっていました。今のウクライナですね。しかし今はその映画の意図もむなしく戦火に見舞われている訳で。一歩下がって見える青空の日はきっと来るのでしょうが。一方、寺山修司の〈向日葵は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し〉というイメージで読め、或る個人的な闘いを一歩退いた状況で、ふと自己の境涯を見てしまった感のある句とも感じさせるところもあります。いずれにしても「一歩下がつて仰ぐ」に優れたものを感じました。特選句「一睡や疲れが蝶になる夏野」:疲れがたまると、身体はまったく動けないのに、どこかへ行きたい思いだけがさまよってしまう、なんてことがあります。〈行き行きて倒れ伏すとも萩の原〉と芭蕉と「奥の細道」の旅に最後まで同行できなかった曽良も、そんな蝶になった思いでいたのだろうなとも連想。今ちょうど疲れのピークにある私にとっては、自由って何だ?と問いかけられたような、心にしみる句です。

三枝みずほ

特選句「吾三十入道雲に急かされる」。三十代、社会における自分の身の置きどころを考えると投げやりになる日もあるだろう。自分自身を納得させるため、試行錯誤と葛藤を繰り返す。だから入道雲に急かされる背中は立ち止まり、思考し、少しの諦めを以てまっすぐ行けるのだ。

末澤  等

特選句「そのうち虫の音と記されさう玉音」。戦後80年を迎え、戦争経験者が国民の1割を切ったとの報道がなされているなか、今後玉音放送させも知らない人たちが 更に増え、将来的には玉音放送を聞いても何のことか理解できず、虫の音と捉える方がでてくるのではないかとの危惧が上手く表現されていると思いました。

吉田 和恵

特選句「花魁草長く生きたる自画自賛」。早逝する人が多い中、長く生きるというだけで嬉しいことなのです。先日、炎天下の畑で友人が旅立ちました。♡ご冥福をお祈り致します。

遠藤 和代

特選句「向日葵や一歩下がって仰ぐ空」。向日葵畑が広すぎて一歩下がらなければ空が仰げない? ちょっと面白い句だと思います。

佳   凛

特選句「折鶴の渦巻くばかり爆心地(野﨑憲子)」。全世界から平和を願い数えきれない、折り鶴何時までもこの平和が続くと良いですね。切に願っています。

藤田 乙女

特選句「被爆忌の己の影に立ち止まる」。 原爆を作り出し使用した人間、原爆により命を失ったり苦しんだり今も苦しみ続けている人間核兵器を所有し再び使用するかもしれない人間、自分の影に人間というものの影や陰を深く見つめているように感じられました。特選句「水たまりに来た夏空も十七才」。希望に満ちた句で爽やかで清々しい気持ちになりました。

野﨑 憲子

特選句「尾鰭ふりつつ短夜に眠り落つ」。悠久の大河の中で真夏の夜の夢をむさぼる人魚の姿が浮かんできた。こんな幸せな眠りの輪が広がりますように!と切に切に祈るばかり。 特選句「地底より雲立ち上がる原爆忌」。原爆のキノコ雲ならぬ、地底深くのマグマより湧き上がる入道雲よ、愛の言霊を生ましめよの思いが伝わってくる。戦後八十年の八月が過ぎようとしている。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

夏休み
足も手もすっかり夏休み中です
三枝みずほ
宿題は一日一句の夏休み
三好三香穂
夏休み皮脱ぎ捨てて秋の吾
銀   次
半ば来て二度目と思う夏休み
藤川 宏樹
汗かいて骨の透けたる女あり
銀   次
外に出る汗出る顔の崩れゆく
三好三香穂
汗をかけ憲法守れ飄飄と
藤川 宏樹
汗だくになつて数式追つてをり
三枝みずほ
汗しとどまたも忘れて立ち止まる
野﨑 憲子
汗拭ひ一日一句喜寿生きむ
島田 章平
大仏に汗したたるや「お身拭い」
島田 章平
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
ひぐらしの殻を拾いて舟とせむ
銀   次
戦争に沈黙蜩急き立てる
岡田 奈々
心つて地球の重さ夕蜩
野﨑 憲子
それからの一言かなかなの中に
三枝みずほ
蜩やホームベースを素手で掃く
藤川 宏樹
生きるとは鳴きとほすこと夕ひぐらし
島田 章平
足(手)
逃げ足の速い少年鰯雲
野﨑 憲子
泣く手のひらの虹の根の匂ひ
三枝みずほ
千の手に折鶴持ちて爆心地
野﨑 憲子
グリグリと陽気の手柄扇風機
藤川 宏樹
冷麦をつるりと抜けしひょうげ者
銀   次
青空に触れた者より素足なり
三枝みずほ
強者のエイエイヤーと夏の陣
三好三香穂
弱者とも強者とも共に汗しとど
三好三香穂

【通信欄】&【句会メモ】

第七回海原賞の受賞者に三枝みずほさんが決まりました。「海程香川」への初めてのご参加は、二〇一四年六月句会。二〇一九年十月開催の、第一回「海原」全国大会㏌高松&小豆島の折、「海原」新人賞を受賞された後も、精進を重ね、今や「海原」の次代を担う逸材のおひとりであります。ますますのご健吟とご活躍を祈念申し上げます。みずほさん、ほんとうにおめでとうございました!!今後ともよろしくお願いいたします。

今回の高松での句会は、お盆前の猛暑の中、いつもより少ない八名の参加でしたが、暑さを吹っ飛ばすような、熱く楽しい句会でした。上記の涼やかな写真は 白馬岳三山縦走山行(先月二十四日~二十七日)。末澤 等さん撮影です。末澤さん、お疲れさまでした。ありがとうございました。

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